小学校再開の不安

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

緊急事態宣言が解除され、私の住む大阪市では来月6月から学校も再開されることになりました。

私の息子もそうですが、1年生になるはずだったのに入学式もまともにできず、ずっと家にいる子どもたちにとっても、そして親にとっても、早く小学校に行きたい気持ちがあるかもしれません。

待ちに待った学校再開、と言いたいのはやまやまなんですが……。

 

本当に大丈夫なんでしょうか。

正直、不安しかありません。

以前の記事で書きましたが、息子の小学校ではすでに今月から何度かにわたって「登校日」なるものが定められています。

息子は行かせていません(欠席扱いにはならないそうです)。

 

私と妻が交代で課題の提出と受け取りに小学校へ行っています。

その他、学校HPなどで登校日の様子などを確認しています。

 

教職員の方々は本当に大変苦労されていると思います。

でも、率直な意見を言えば、感染対策としては甘すぎます。

 

分散登校で一クラスの人数を減らし、マスクを着用させ、教室では机と机の間隔を開ける。

でも、授業以外の時間、登下校の時間はどうなるのでしょう。

小さな子どもたちはどうしたって距離を保てないし、顔も触るでしょう。

 

そもそもどうしてそんなに学校再開を急ぐのでしょう。

私が息子を小学校に通わせる基準は、「万が一感染した場合、必要な検査と治療を受けさせることができる」かどうかです。

感染率(その数字もイマイチ不透明ですが)の問題ではありません。

「毎日の感染者数が減ってきているから大丈夫だろう」というのは、投資やギャンブルの感覚です。

たとえ感染して重症化する率が2%だろうとそれ以下だろうと、そんなことは関係ありません。

ギャンブルと違って、負けて失うのは金じゃないんです。

 

高熱が出てもそれだけでは検査を受けさせてもらえず、何日も自宅で苦しんだ挙句に亡くなられた方の話もあります。

ワクチンもいつできるかわかりません。

というか、COVID-19に関してはまだまだわからないことだらけで、今後ウイルスがどう変化するかも未知です。

 

私は息子がちょうど1年生の年だからその感覚でものを言いますが、「子どもを小学校に通わせる意味」とは何でしょうか。

教育を受けさせるためです。

教育は子どもの将来、そして人間社会の根幹に関わる重要事項です。

 

しかし逆に言えば子どもに必要な教育を受けさせることができるなら、別に小学校に通う必要はないのです。

憲法26条の定めるところにより、保護者は子どもに教育を受けさせる義務がありますが、それは学校に通わせる義務ではありません。

目的は子どもの健康で円満な成長であって、その順序を取り違えてはならないと思います。

 

私が実母に息子の小学校について尋ねられ、まだ様子を見るつもりだというと「早く通わせないと学校に慣れない」ことを心配されました。

この例なんか典型的だと思うんですよね。

目的と手段を取り違えているという意味で。

 

私が息子に絵本を読んできたのは、早く言葉を覚えさせて小学校で同級生より優位に立つためではありません。

勉強は学校のためにするのではありません。

 

小学校の意味としてはもうひとつ、子どもの(そして親の)ためのセーフティネットという面があります。

ある種の親から子どもは保護される必要があります。

また、子どもを育てる余裕のない親にとっても、子どもを無償で預かって養育してくれる小学校は必要です。

 

けれども、感染症によって上記のような役割(子どもの円満な成長と身の安全)を十分に果たせなくなっているのが現状だと思います。

なら、どうすれば学校本来の目的を果たすことができるのかを考えなければなりません。

 

オンライン授業というのはその本当に小さな一歩ですし、改善されるべき点は山ほどあります。

子を持つ親への補償やケアもその一環でしょう。

 

考えるべきことはたくさんありますが、そうしたことを現場に丸投げしていては、教職員や親だけが多大な負担を強いられることになります。

現実、そうなっています。

 

私を含む大人たちが、社会全体が、子どものことを真剣に考えてこなかったツケが、今巡り巡って押し寄せているのです。

ことここに至ってもまだ、真剣に考えていない大人たちが国を動かしています。

 

私だって本音では息子にさっさと小学校に行ってほしい。

勉強やら公共心やら、そういうところまで責任を負うのはもう面倒くさい。

丸投げしたい。

 

けど、それを許してしまえば、私がこの6年間やってきたことを自分で否定することになってしまいます。

本当に大事なのは何なのか、こんな時代だからこそ忘れてはならないと思います。

 

 

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〒578−0981

大阪府東大阪市島之内2−12−43

URL:https://ehonizm.com/

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休校中の登校日と課題について

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

COVID-19の影響により、私の住む大阪市でも小学校などの休校状態が続いていますが、先日学校から連絡があり、今週末に1年生の登校日を設定したというんですね。

感染防止のために3組に分かれて、入学オリエンテーションも兼ねた登校日ということだそうです。

 

えーと。

まだ緊急事態宣言が続いてるし、休校も続いてますね。

何が改善されて、登校してもいいことになったんでしょうか。

 

とりあえず、息子は行かせませんが、妻が一人で様子を見に行くことにしました。

休み中の課題提出と、新たな課題を受け取らなければなりません。

先生方も大変でしょうからいちいち咎めたくないんですけど、課題にしろオンライン授業にしろ、疑問が多いです。

 

例えば1年生の場合、私がびっくりしたのは、TVの幼児教育番組を見せて学校生活を学ばせるという課題(?)です。

いや、私はこれまで自分も一切TVをつけないで、息子になるべくTVを見せないように努力してきたんですけど。

しかもその番組、全然おもしろくない。

 

ちなみにプリント課題は「線を引きましょう」とか「数の多いほうはどちらでしょう」といった内容ですが、息子は一応やることはやるけど、全部自分流にアレンジを加えないと収まりません。

で、こんな感じになります↓

途中からただ数字を書くのに飽きたのか、アートな飾り数字にしてしまってます。

書き損じたら消しゴム使わないで勝手にひとマスずらして進めるし。

他のプリントも要所に自分でイラストを描き加えたり、フリーダム。

先生になんか言われるかな。言われても気にしませんけど。

 

妻が学校の様子を見たいというのは、どの程度感染予防をしっかりしているかというところです。

親の気持ちとして、「全体の感染者数が減っている」というのは別に安心材料にはなりません。

 

「万が一にでも感染した場合、速やかに必要な処置と治療を受けられる」かどうかが重要なのです。

子どもの重症化率や死亡率が低いといわれたって、そんなもので安心できる親はいるのでしょうか。

 

現に、死亡した子どもがいる以上、その確率が0.1%だろうと、私は怖い。

呼吸困難になった感染患者が何日も検査を受けさせてもらえずに自宅で待たされたという話がありますが、自分の子どもが苦しんでいるのに治療を受けさせてやれないなど、考えるだに地獄です。

 

もちろん、生きていくことは常に不安定なものです。

運不運に左右される人生を、いちいち怯えていては生きていけないと思います。

でも、この場合、子どもを感染リスクのある場所に行かせるかどうかというのは、親の判断に委ねられています。

「国が、自治体が大丈夫と言ったから」と言ったって、それで感染したとしても、最悪の事態が起こったとしても、誰も責任を取ってはくれません。

登校日に関する文面をよく読んでみると、学校側の責任を回避するように書かれています。

つまり結局は「自己責任」にされるのです。

 

それでもなお、天秤にかけて、リスクを取らなければならない場面もあるでしょう。

しかし、今回の「登校日」にその価値があるかどうかといえば、私は全然ないと思うのです。

 

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小学校休校と家庭学習のこれからについて

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

新型コロナウイルス(COVID−19)の影響で休校が続く中、子どもたちはどう過ごしているのでしょうか。

我が家の現状も踏まえつつ、今後を考えてみたいと思います。

私の息子は1年生なので、もともと小学校に一度も通わないままです。

そこは2年生以降の子どもたちとは違うところで、「休んでいる」という感覚はありません。

保育所も幼稚園も行ってなかったので、ただ今までと同じ日常が続いているだけと言えます。

 

もっとも外へはほとんど出れませんが。

遅い時間に、人気のない公園で自転車の練習する程度です。

 

先日、小学校へ息子の教科書と休校中の課題を受け取りに行きました。

課題内容はまあ1年生ですから、ただ字をなぞったりするだけのものです。

息子は別段嫌がりもせず、「学校ごっこ」として遊びの中でやりました。

 

ちなみに2年生からはYouTubeでオンライン授業がUPされているようです。

制度の不備とか色々間に合ってないこともあるようですが、いずれにせよこれからは学校授業もどんどんオンライン化されていくのは避けられない流れだと思います。

 

というのは、どうやら休校は長期化しそうだからです。

国内の感染者は増加の一方で、まったく出口が見えません。

前も書いたけど、下手をすると半年から1年くらい学校へ行けないかもしれません。

 

そういうことを考えると、じりじり休校延長を繰り返すより、最悪を見据えて準備を開始したほうがいいのではないでしょうか。

精神的にも、あと少し、あと少しと我慢してはまた延長、というのはこたえます。

 

私はもう小学校は無いものとして考え始めています。

もとより学習面で今の義務教育にはほとんど期待してませんでしたし。

 

息子が0歳の時から大量の絵本を読んできたのは、早期学習のためではなく、「主体的に学ぶ」力を育むためです。

わからないことは調べる、知ろうとする、実際にやってみる、そういう習慣は今の小学校教育ではほとんど得られないと思います。

「漢字を10回ずつ書きましょう」なんてことをやってる限り、子どもが「勉強嫌い」になるのは止められないでしょう。

 

日本の学校教育は先進国としては最低レベルだと私は見ています。

とりあえず今できるのは、個人的なことに限られます。

つまりは家庭でどう過ごすかが、ひとりひとりの子どもに大きく影響を及ぼす時代だということです。

 

私はこれまで息子に習い事のひとつもさせてないし、幼児教室のようなところにも通わせてないし、知育教材の類も購入したことはありません。

ただ絵本・児童書・図鑑をたくさん用意し、いつでもそれが手に取れる環境を作り、「読んで」と言われたら読んであげただけです。

今では息子はひとりで専門的な科学本を読み、誤植を発見したりするようになりました。

 

≫絵本の森で6年間【絵本と育児・6歳まで】

≫読み聞かせと「子どもの学び」について

 

「主体的な学び」について書きましたが、「読書」というのは主体的です。

比較して「動画を見る」というのはどうしても受動的な面があります。

オンライン授業を整備していくことは必要だとは思いますが、そうした点を考えると、根本的な学力はそこで身に付けるわけではない気がします。

 

おそらく、家庭環境の差によって、子どもたちの「格差」はこの先どんどん広がっていくと思います。

それはとても不幸なことです。

「他がみんなバカ」だと自分に利益があると考えるのは愚かしいことです。

それはせいぜい「受験で有利」になる程度の、極めて限定的な受益です。

そしてこの先、「いい学校」に行くことが幸福に直結するような時代は終わりを迎えると思います(最初からそんなものはなかったのかもしれません)。

本当の意味で「いい学校」があれば別ですけど。

 

≫競争相手は蹴落とすものではなく、引き上げるもの

 

そしてもう一つ心配なのは、大人も子どもも、他人と生身で関わりづらい時代が来ることです。

友だちや先生と触れ合うことができない。

体温や肉声を感じることができない。

果たしてそんな環境で「人間」は生きていけるのでしょうか。

 

さらにもう一つ。

学校というのは、実は「逃げ場」でもあります。

家庭環境による格差について書きましたが、ある種の子どもにとっては、親の権力下から解放される場所が確保されていることは死活的に重要です。

いくら暴力的な親や偏見に満ちた親のもとで暮らさなければならない子どもでも、義務教育のおかげで学校に行っている間だけは家庭から避難することができたのです。

それができなくなる。

休校が長引くことで、どこかでそうした子どもたちの耳を塞ぎたくなるようなニュースが流れてくるのを恐れています。

 

≫虐待について

 

私たちは歴史的な転換期にいるのかもしれません。

その中で、われわれひとりひとりに何ができるでしょう。

様々な個人的な意見・考えがあっていいと思います。

ただ、それが「子どもを幸せにする」のかどうかについては、一度は考えてみるべきだと思うのです。

 

一刻も早い終息を願っています。

 

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1年生になれなかった話

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

新型コロナウイルス感染拡大に伴って緊急事態宣言が発令されることになり、私の住む大阪市でも休校延長が決まりました。

昨日は息子の小学校入学式予定だったんですが、延期になりました。

かなりギリギリの発表だったので、知らずに学校行った人もいたみたいです。

 

うちはもう4月になった時点の様子を見て入学式は欠席することに決めてたので同じことなんですけど、教科書配布とか今後の予定とかどうなるんでしょうか。

いまだに発表がありません……。

これについては学校側も大変な混乱状態でしょうから気の毒ですけど、遅いですよね、色々と。

だって1〜2月ごろから対策の猶予はあったんですから、一応最悪を想定しておくべきだったと思うんですが。

私でも入学式までに自体が収束しないことは予想できたのに。

 

さて、これからどうしますかね。

妻は「やっと昼の間だけでも自分の時間ができると思ったのに……」と落胆してますが、仕方ありません。

休校はとりあえずGW明けくらいまでのようですけど、どうでしょう。

言いたかないけど、それも無根拠な気がします。

むしろその頃がピークじゃないかな。

 

下手すると半年〜1年くらい学校行けないかもしれません。

そうすると自宅学習の準備を進めて行かなければなりません。

 

そのあたりはやっぱり海外の対応は迅速で、ロックダウン下のNYでは1週間でオンライン授業の体制が整えられたようです。

日本では……まあ、無理でしょうな。

やってくれるのかしら。

 

別に小1の授業が遅れたからってどうってことないですけど、私としてはそろそろ息子に友だちも欲しいし、集団生活を経験させるとか、親以外の大人と接触させるとか、そういう面で小学校の意味を考えてたんですが。

息子のいわゆる「学力」については、あまり気にしてないしここでもさほど触れてきませんでしたが、毎日絵本や児童書、図鑑に囲まれて生活する中で、自然と言葉や科学知識を身に付けています。

「お勉強」をさせたことは一度もありません。

全部遊びの中でやってきました。

 

だから学校授業のプログラムとは合致していません。

例えば読み書きレベルに関しては、小学校高学年でも習わないような漢字も読める(調べて書くこともします)一方、「書き順」は我流です。

科学知識は豊富で、簡単な足し算引き算は理解してますけど、九九は言えません。

 

私の考えとしては「暗記」に関することはもう少し成長してからの方がいいと思ってます。

丸暗記学習に意味がないとは思ってなくて、子どもの成長過程で丸暗記そのものを楽しめる時期があると考えています。

だから九九を2年生でやるのは割と適切なんじゃないかなと思います。

それまでは興味あることを自然に覚えてしまう以外に記憶力を酷使するべきではないと思います。

 

息子の時間感覚はいまだに目覚めてません。

今日ご飯何回食べた?」「何時に起きた?」と訊いても答えられません。

昨日のことでも、一昨日のことでも「さっき」で表現します。

 

しかし一方、こちらが驚くほどの記憶力を見せることもあります。

息子はアニメは見ないけど漫画は読みます。

大長編ドラえもんのび太の恐竜」という漫画は、私が子どもの頃買ったものを実家から持ってきた本なので、相当古い。

確か49刷くらい。

で、それが先日、とうとうバラバラに裂けてしまったので、古本屋で同じのを買って来たんです。

それが104刷くらい。

 

すると息子は開いて5分も読まないうちに「49刷と104刷での改訂箇所」を次々と指摘し出したんですね。

「早い」が「速い」になってるとか、平仮名が漢字になってるとか、文字が大きくなってるとか、ルビがふってあるとか。

捨てる予定だった49刷を持ってきて確認してみると、本当でした。

これにはちょっと鳥肌立ちました。

 

「今日ご飯何回食べたか」は覚えてられないけど、こういうのは実に細部にわたって覚えているんですね(覚えてるのか、ぱっと見た時の違和感でわかるのか)。

つくづく子どもは不思議です。

そして努々侮るべからず、です。

 

自宅学習の話でしたね。

まあ、小学校以上の学生たちは大変だと思います。

だからこそ「主体的に学ぶ」仕方を幼いうちから身に付けておくことが重要なのです。

特にこういう非常時には明暗を分けることになるかもしれません。

 

息子にとって問題なのは勉強よりも運動面です。

公園のような広い場所でも、子どもたちが集まって遊ぶのは危険かもしれません。

息子に思いっきり運動させたいのに。

息子と二人で鬼ごっこはこっちの体力が続かないので、これからは友だちと遊んで欲しかったんですが。

 

まだ当分は、楽させてもらえそうにありません。

 

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文化芸術の危機を「フレデリック」から考える

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

どうも、予感は悪い方向に当たるみたいです。

先月来、ちょくちょくコロナに関する心配を綴ってますが、事態は収束どころか悪化の一方を辿っています。

今日は志村けん氏の訃報が世間に衝撃を与えています。

 

うーん……本当に4月から学校再開するの?

誤解する人たちがいそうですけど、学校再開=コロナ収束ではまったくないですからね。

もちろん、いつまでも休校を続けていると様々な問題があるのはわかります。

でも、そもそもそれらのケアを含めての休校でないと意味がないんですよね。

 

私の息子はまだ就学前だし、最初からどこの幼稚園にも保育所にも行ってないので、「家で過ごす」のは常態です。

最近は百人一首を覚えて遊んでます。

でも、やっぱり何日も家から出ないで過ごすのは親子ともにストレスです。

お気に入りの科学館も博物館も軒並み休館なので、公園しか行くとこないんですけど、以前のようにのびのびと遊ばせる気持ちになれません。

なるべく人のいないところで一人遊びさせ、しょっちゅう手を洗わせ……疲れます。

 

それでも、本当は家から一歩も出ないべきなのかもしれません。

他国のコロナ対策を見ればわかる通り、本来「家にいてください」と要請する時は「生活は補償します」がセットであるのが常識です。

そうでないと、誰だって仕事を休めないでしょう。

親が仕事休めないと、小学校なんか休校できないでしょう、本来は。

 

ここで補償というのは現金支援のことですけど、その点で私が気になっているのは文化芸術に関わる人々が今、大変な状況になっていることです。

コンサートやイベント、落語などの舞台演芸、演劇などが次々と中止を余儀なくされています。

 

これについて文化庁長官が「文化芸術に関わる全ての皆様へ」というメッセージを発表しています。

読んでみると具体的な補償や支援についての内容はありません。

収入が絶たれてしまうアーティストやイベント関係者が、瀕死の危機に直面しているのに、です。

 

絵本屋のブログにしては変なことばかり書いていると思われるかもしれません(今さらかな)。

私だって、ここでこんなこと言いたくないです。

絵本と子どもの話だけしていたい。

 

でも、本当の意味で子どものことを考えれば、こうしたすべてのことに言及せざるを得ません。

 

今のところオンライン絵本屋という商売にとって、コロナは深刻な影響は及ぼしていません。

しかし、上記の文化芸術の軽視(としか思えません)は、けっして他人事だとは思えないのです。

 

この国の政治家の多くは文化芸術を「しょせんは娯楽」と見ているのです。

彼らの物差しは「金」だけです。

「金になる」文化は認めるけど、「金にならない」文化は消えても仕方がないと、本気でそういう発言をする人が何人もいます。

それを当たり前のように受け入れる人々も大勢います。

 

以前レオ・レオニさんの「フレデリック」を紹介した時にこの問題に触れました。

 

≫絵本の紹介「フレデリック」

 

皆と一緒に冬の食料を集めない詩人ねずみのフレデリックは、今の社会で言えば「生産性がない」メンバーです。

しかしコミュニティにおける「精神の荒廃」の危機は、フレデリックによって救われます。

 

「金」だけを物差しにすると、フレデリックは仲間に「食わせてもらっている」と映るかもしれません。

でも、本質はそうではない。

しかし、それに気づかないような人々が多数を占めつつあるのではないでしょうか。

 

何かしらの文化芸術が注目を浴びたとすると、たいていそこに「経済効果」という言葉が出てきて、「金の話」に切り替えられます。

あまりにそういう光景を見過ぎたせいで、私たちはそれを「変だ」とか「品がない」とか、感じなくなってきているのではないでしょうか。

 

今回、絵本というメディアは「たまたま」直接的被害が少なかったかもしれません。

でも、文化芸術を軽視する風潮がこのまま主流になれば、いつか必ずその矛先は絵本業界にも向けられます。

その時彼らが口にするセリフは想像がつきます。

しょせんは子どもの玩具である絵本に、金をかける価値があるのか」です。

その時、先人たちが懸命に残そうとした文化は破壊されるでしょう。

 

レオニさんが危惧した「フレデリックのいない社会」に、私は住みたくないし、子どもたちをそんな荒廃した世界に住ませたくありません。

 

 

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