「厳しくあるべき」か「甘やかすべき」かという「子育て二元論」について

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

GW中、息子と長い時間一緒に過ごしまして、成長したなと思うところもあれば、いつまでたっても変わらないところもあり、色々と考えさせられました。

 

休みの間はたくさん絵本を読んであげようと思っていたんですが、ほとんど読ませてもらえませんでした。

どうも、今は自分ひとりで読む方が好きな時期らしいです。

結構文の多い本や図鑑などを熱心に読みふけっています。

かなりスピードが速いので、絵や写真を見てるだけなのかと思っていたら、ちゃんと内容を理解していて、わからない言葉を尋ねてきたりします。

絵に関しても、ずいぶんと細かい点まで見ているようで、こっちも気づかなかったことを指摘されたり。

 

息子の読書レベルは新たな次元に進んだ模様です。

嬉しいような、寂しいような、焦るような。

 

それはいいんですが、睡眠に関してはいつまでたっても素直じゃないです。

ひとは夜に眠るものだということも、もうわかっているはずなんですけど。

GW最終日は、夜中の3時半まで起きていました(おかげで、これを書いている現在、物凄く眠いです)。

 

もっと厳しくしつけないからだ、と、ちょいちょい言われますが(親とかに)、一応こちらとしては、わざと厳しくしていないので。

 

育児論というものは星の数ほどあり、何をもって正解とするかの線引きも難しいものです。

どういう態度で子どもに接するにせよ、そこに賛否両論が発生するのは無理からぬことです。

 

最も単純な議題としては、「子どもに対し、厳しくあるべきか、甘くあるべきか」というものがあります。

このテーマについて、少しだけ思うところを。

 

私なんぞは完全に「子どもに甘い親」ですが、と言っても上の2択ですと、答えるのは難しいです。

というのは、どちらの言い分にも一理あり、同時に危うさも孕んでいるからです。

 

歴史的に見れば、「子どもは厳しくしつけるもの」というのはわりと昔からある考えです。

時代背景も考慮すべきでしょうが、一刻も早く子どもを成熟させ、社会に順応させ、何がしかの能力を持たせなければ、将来生き延びていけない、という切迫感が、この考えの根拠になっていると思います。

 

我が子のことを思えばこそ、心を鬼にして厳しく接する親」というのは、物語でもよく目にする一つのロールモデルです。

 

しかし近代になって、直接的な死の危険が減った代わりに、子どもの心の病の発症が問題視され、その原因の多くは「幼いころの親からの抑圧にある」という見方から、「子どもはもっとのびのびと、優しく育てた方がいい」という考えが多くなってきます。

 

ただ、心の病は必ずしも「厳しさ」ばかりに起因するわけではなく、独善的な親の「甘やかしすぎ」によって、精神を歪められるケースも指摘されています。

 

じゃあ、結局、どうすりゃいいの?

という迷える親たちの声が聞こえてきそうですが、育児という人類にとって永遠の課題に対して、そんな性急に一義的な回答を得ようとする態度こそが、現代のわれわれがもっとも気を付けるべき点だと思うのです。

 

時代、社会、家族構成、親自身の性格、子どもの個体差、成長度合いなどに応じて、微妙に答えは変わってくるはずで、そのたびに最適な対応を模索し続けるという面倒な作業を厭わないことが大事なのではないでしょうか。

 

そして一番の問題は、自分自身のことをわかっている親は、そうはいないということです。

厳しいしつけのつもりの虐待

優しさのつもりの甘やかし

こういうケースは山ほどあります。

 

子どもに厳しくするにせよ、甘えさせるにせよ、「きちんと」そうするためには、結構な人間力が求められるものです。

 

上記の問題点を含めた上で、私自身はやっぱり、少なくとも就学以前の幼児に対しては「厳しくするよりは、甘やかしたほうがまだいい」と思っています。

 

それは、「子どもに厳しくする」時、どうしたって自分自身を「子どもより上の存在」に位置付けざるを得ないからです。

私の場合は、そうです。

「私的な怒りを一切挟まず、純粋に子どものためだけに、必要なことを必要な言葉と態度で伝える」ほどの人間力は、私にはありません。

いくらそうならないようにしても、どこかで、「力」によって言うことを聞かせたい、という衝動が働くことを抑えられません。

言うことを聞かせた時の勝利感を否定できません。

 

「厳しい態度」を続けていく上で、「自分自身を省みる態度」を同時に持ち続けられればいいのですが、これはなかなか難しいことだと思います。

相手が子どもだと、親はどうしても無反省に陥りがちです。

 

逆に、「こんなに甘くして、将来大丈夫かな。甘やかしてるんじゃないかな」と、こういう反省は比較的しやすかったりします。

まあ、個人差はあると思いますけど。

 

子育てのライセンスはありません。

すべての親は、「もぐり」と言えるかもしれません。

だからこそ、常に自分を振り返る必要がある。

 

「子育てに自信のない親」も問題ではありますが、「子育てに無根拠の自信を持つ親」の方が、危険度で言えば大きいと思います。

 

この世に生まれてきたときは、すべてのものが善であるが、人の手に移されると、すべてのものが悪くなってしまう

とは、子どもの教育について語ったルソーの言葉です。

 

真理だと思います。

われわれは、人間を育てるにはあまりにも未熟です。

 

それでも、少しでも。

 

 

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京都鉄道博物館に行ってきました。

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

ちょっとブログの模様替えをしました。

よりシンプルで読み易い仕様に。

あんまりよくわかっていませんが。

 

昨日は息子を連れて、京都の鉄道博物館に行ってきました。

息子の鉄道熱が冷めないうちに連れて行ってやろうと以前から思ってたんですが、混雑を恐れて、先延ばしになっていました。

でも、覚悟してたほどの人ごみではなくて助かりました。

GWに突入したらこんなもんじゃないでしょうけど。

 

やっぱり広くて、普通に全部見て回ろうと思えば2時間はかかります。

並ぶ必要があるのは食堂車内で売ってる弁当とか、0系の運転席体験とか。

そういうのはパスしました。

じっと待ってられる歳じゃないので。

 

大人気の運転シミュレーターは事前に抽選があるので、そう待ちません。

家族3人分の抽選券を引いて、当選発表までは他を見て回れました。

抽選結果はここに報告がないことで推して知るべし。

どうも息子は車両の巨大さに、やや警戒しているようで、縮小模型とか、電車の仕組み解説コーナーとかのほうが落ち着いて見学できる模様。

また、今は2階にて、(鉄道とあんまり関係ない気がする)トリックアート展も開催されています。

2階の特大鉄道ジオラマは巨大すぎて、どこの位置に座っても、大人でも全容を見渡せません。

オペラグラスでもあれば重宝しそうです。

子どもには、じっとしているのが苦痛かもしれません。

 

よって、これもパス。

 

あと、キッズコーナーもパス。

たぶん連れて行ったら動かなくなるから。

 

会場の外を走る「SLスチーム号」、これは券売機でチケットを購入すれば乗れます。

思ったほど並んでなくて、すぐに乗れそうなので喜んだんですが……。

 

蒸気機関車の迫力に圧倒されたのか、泣き出す息子。

大丈夫だから、一緒に乗ろう、と言うと、

どこに連れて行かれるの? 帰れなくなるよ!

と、わけのわからんことを叫び、その場に座り込んで断固として動かない。

 

結局、これもパス。

 

……まあ、次の楽しみに取っておくことにしましょう。

 

こんなわけで、体験系はほぼスルーしたことになりますが、それでも見どころは十分で、4〜5時間は遊べました。

迷子が怖いので、小さい子を連れてくるのは、結構しんどいものがあるかもしれませんが。

 

もう少し大きくなったら、また来たいと思いました。

京都水族館も行きたいし。

 

 

最後に、館内レストランにて、「ドクターイエローオムライス」を注文したのですが……。

ベーコンのショボさよ。

これで1000円。

味について言及するのはヤボでしょう。

 

でも正直、自分でも作れる。

 

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「イクメン」と呼ばれて喜ぶような男にだけはなりたくない

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回は「男の育児」について。

ちょっと厳しめに。

 

 

イクメン」なる言葉が世に出てきてから、どれくらい経つでしょうか。

 

イクメンってなに?

育児をする男性のことよ

 『父親』じゃないの?

 

なんて皮肉なジョークを目にすることもあり、そろそろこの言葉も消えていくかもしれません。

 

私は男で、仕事をしながら3年半子どもを育ててきました。

「育てる」って言葉も、上から目線であんまり好きじゃないです。

ですので3年半、「子どもと遊んできた」と言う方がしっくりきます。

 

毎日絵本を読み、おもちゃを作り、絵を描き、公園に出かけ……。

もちろん遊び以外にも、おむつ替え、食事の世話、風呂に入れる、一通りのことはします。

 

だからといって「イクメン」などと呼ばれるとゾッとします。

 

「媚び」と「自己満足」以外のイメージが湧いてこないからです。

賛否あるのを承知の上で、あえて強い言葉で否定しますが。

 

「イクメン」肯定派の意見として、

 

夫が育児に参加するきっかけになる

育児を手伝ってくれる夫が増えた

 

というものがありますが、もうね、「参加」とか「手伝い」とかいう単語が出てくる時点で、「受け身」だと思うんですよ。

いい年こいた男を甘やかすから、ゴミ出しやら幼稚園の送り迎えをやったくらいのことで、「育児をやってる」などと宣う「勘違いイクメン」が出てくるんですよ。

 

育児というのは、オールラウンドプレーヤーでなければ務まりません。

 

その子の成長に合わせた食事を用意し、ちゃんと食べさせてやりつつ、自分で食べる練習をさせ、外遊びをする際には思いっきり遊びながらも怪我をしないように気を配り、風呂に入れたら体を拭いて、着替えさせて、保湿クリームを塗ってやり、病気になったら医者に見せなくてはならないし、薬が出たらきちんと飲ませなくてはならない。

 

これはやるけど、これはできない

は通用しません。

できないところは結局、他の誰かにやらせてる自覚を持たなくてはいけない。

 

最低でも丸一日、自分ひとりで子どもの世話ができない男を「イクメン」などと呼ぶべきじゃない。

 

そういう生理的な世話をした上で、育児には、心理的な世話も含まれます。

私たちは、自分でうぬぼれているほどに、子どもの心を理解しているわけではありません。

 

なのに、なぜか世の中には、自分の子どもの心に関して自信過剰な親が大勢いるようです。

 

児童心理に関する本を、(100冊と言いたいところですが)少なくとも30冊以上は読むべきです。

 

子どもに対して嘘やごまかしの態度を続けていると、子どもはやがてそれに応じた性質の持ち主に成長します。

いつもイライラしていたり、怒っていたり、愚痴や泣き言ばかり口にしたり、そういうネガティブな感情が子どもの情緒に良い影響を与えないことは今では常識です。

 

ですから、子どもに関わる大人はまず何よりも、自分自身を知り、少しでもいい人間になれるよう、自己教育を続けなければなりません。

 

子どもができたら、妻が優しくなくなった

なんて泣き言が出てくるのは、本当に情けないことなんです(気持ちはよくわかりますけど)。

 

優しくして欲しかったら、もっと努力しましょう。

 

すごくハードなことを言ってるように思われるかもしれませんが、私は別に、「育児に身も心もすべて捧げるべきだ」などとは思っていません。

自分だってそんなことはできないし。

 

親だって、ひとりの人間として幸福や楽しみを追及するべきだし、親が人生を楽しんでいないと、子どもにもよくないです。

 

でも、今の世の男性は、あまりにも自分ひとりの人生だけにかまけすぎだと思います。

それははっきり言えば幼児的だということです。

 

仕事が忙しいと言うけれども、家に帰ってからほんの少しの時間もないという人は、どれくらいいるでしょう。

私の経験から言えば、毎日仕事をして、週に一度は気晴らしをさせてもらって、それでも3年で1万回以上絵本を読んでやることはできました。

 

育児は大変だけれど、それだけ楽しいものです。

何より、自分自身も成長できる。

 

でも、それらの歓びは、「手伝い」程度の感覚で得られるようなものではありません。

 

何でも真剣に取り組んでこそ、面白いんです。

 

 

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誰でも持っていて、お金もかからなくて、絶対に外さない子どもへの贈り物

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回は、特に、父親についての話です。

 

母親とはまた違った意味で、父親って難しいものです。

お腹を痛めないで子どもを持つことは、言い換えれば頭で考えて「親」になるわけで、そうするとなかなか即座に実感を得るのは困難です。

 

もちろん、そうでないお父さんもいらっしゃるでしょう。

そういう方は幸福だと思います。

 

私はそうではありませんでしたから。

 

出産にも立ち会いましたが、思ってたほど感動しませんでした。

夜中〜早朝にかけての分娩でしたので、とにかく眠かったこともあったし。

 

やたら印象に残っているのは、赤ん坊の爪が信じられないくらい小さかったこと。

 

自分は子どもを愛せるのだろうか。

そもそも、愛ってなんだろうか。

 

何かを与えることが愛なら、自分はこの子に何を差し出せるだろう。

 

生まれたばかりの息子を抱いて、そんなことを考えていました。

私にはお金もないし、愛情もあるのかどうかわからないし、何かを教えてやれるほどの人生経験もないし。

 

考えた末、たったひとつ、息子にあげることのできるものを見つけたのです。

 

誰もが持っていて、お金のかからないもの。

でも、意外と人にはあげたくなくて、自分だけに使いたいもの。

それだけに価値があるもの。

 

それは自分の「時間」です。

★「三つ子の魂百まで」

 

 


子どもの能力や性格やその後の人生に、もっとも大きく影響を与えるのは、生まれてから3年間の環境だと言われています。

 

それほどに重要な「最初の3年」。

なら、自分の人生の3年間を、この子に「あげる」ことにしたのです。

 

そのひとつが「いつでも、何度でも」の絵本の読み聞かせです。

それ以外の時間も「あげた」以上は、私のものではなく息子のものです。

 

息子が遊びたがれば、いつでも応じなければなりません。

 

もちろん、すべてに応じれるわけではありません。

仕事しないと生活できないし。

 

でも、家にいる間は、「自分の時間」はありません。

トイレに行く時でさえ、断りを入れて行きます。

 

やってみると、肉体的にも精神的にも、相当辛かった。

 

★3年間が過ぎて思うこと

 


正直なところ、とても完璧にやれたとは言えません。

最初のうちは、せいぜい30分もすると苦痛でした。

 

眠りたい、本が読みたい、調べものがしたい、友人と遊びたい、とにかく一人で出かけたい……。

次々と欲求が湧いて出て、それに負けることもしょっちゅうでした。

 

でも、3年が過ぎ、読み聞かせた絵本が1000冊を超えたころ、その生活にも慣れました。

 

不思議なものです。

 

あれほど「自由になりたい」と願っていたのに、今は、むしろ一人でいた時よりも自分が「自由である」と感じるのです。

 

時間を「独り占めしたい」と思っていた私は、実は不自由な人間だったのかもしれません。

 

そして、おぼろげながらも、「これが愛なのかな」と感じることがあります。

子どもと、心が繋がっていると感じることもできます。

我ながら、ずいぶんと人間らしくなったものだと思います。

 

何のことはない、この3年間で、私の方が息子から多くのものをもらっていたのです。

 

★勘違いしやすいこと

 


誤解してほしくないのは、繰り返すようですが、子どもに時間をあげるんですから、その時間は子どものものだ、という点です。

子どもを自分に付き合わせるのではありません。

 

将来、この子をスポーツ選手に

とか、

東大生に

とか、早教育に血眼になっているのは、それはむしろ「子どもの時間を奪っている」んです。

 

もうひとつ、私は基本的に子どもの言うことを何でも聞きますが、「何でも買い与える」ことはしません。

 

だって、あげたのは「時間」であって「お金」や「物」ではないですから。

 

★最後に

 


けっして簡単じゃないし、自分自身もちゃんとできなかったことを人に勧めるのもどうかとは思うんですが、それでも、世のお父さん方にぜひ勧めたいのです。

 

ゴミ出しとか、風呂掃除とか、そんなもん(大事ですけど)どうだっていい。

1時間でも、30分でも、子どもと一緒にいてあげて欲しい。

毎日1冊だけでもいいから、絵本を読んであげて欲しい。

 

たった3年、されど3年。

この3年を子どもに差し出せたなら、「自分は子どもを愛している」と言ってもいいんじゃないでしょうか。

 

 

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問題の幼稚園について

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

我が家の息子も3歳半。

4月から幼稚園だね

周囲からそんなことを言われますが、実は今のところ、入園させる予定はありません。

幼稚園の意義というものを色々と考えています。

幼稚園を否定するわけではないけれども、どっちでもいいかな、くらいに思っています。

急いで預けないといけない事情もないし。

 

でも、こういうことを言うと、中には、

えっ、幼稚園行かせないの? かわいそう

と言う人がいます。

 

意地の悪い言い方かもしれませんが、そういう人が、子どもを「かわいそう」な目に遭わせないために、どれくらいの配慮を払っているか、私は疑問に思っています。

 

子どもが幼稚園で何をするのか、どんな先生がどんな接し方をするのか、そして子どもの成長にとってどんな「いいこと」があるのか、それは家庭では決して得られない種類のものなのか。

最低でもこれくらいは、親が考えるべきことでしょう。

 

繰り返しますが、幼稚園を否定する気はありません。

私が危ぶんでいるのは、幼稚園(だけの話じゃないですけど)へ通わせることを無条件に「当然」だと受け入れてしまう親の精神です。

 

もっと根本的に考えてもいいと思うんですよね。

幼稚園や保育園で働いているからといって、すべての職員が子どものことを理解した「子どものプロ」ばかりではないのが現状ですから。

 

 

まあ、例の、豊中市の国有地払い下げ事件で話題になってる塚本幼稚園のことですけどね……。

 

 

あの幼稚園については、問題になる以前から知っていました。

園児たちが教育勅語を暗唱させられている映像を見たときには、芯から心が凍り付きました。

 

今、連日、国有地売却の値段が適正だったのか、政治家の関与はなかったのかと騒がれています。

そうしたことは専門の方たちにお任せするとして、この幼稚園の「教育」について、少しだけ。

 

私に言えるのは、この幼稚園の理事長らは、子どもというものを全く理解していないし、する気もない、ということです。

 

別に、教育勅語が悪いかどうかなんてどうでもいい(読んだこともないし)。

たとえ内容が素晴らしいものであろうと、そんなことは関係ありません。

 

問題なのは、子どもに力で何かを強制するという行為です。

こんなことをさせられて喜ぶ子どもはひとりもいません。

ひとりも。

 

この幼稚園については他にも、園児を自由にトイレに行かせない、運動会で「総理がんばれ」と唱和させる、中国人・韓国人に対する偏見を吹き込む……(書き上げてきて気分が悪くなったので、興味がある方は自分で検索してください)などの問題のある「教育」が取りざたされています。

 

こうした教育がどんな人間を生み出すかを想像すると、暗澹たる気分になります。

まあ、この教育はまさにそういう人間を生産することを目指しているのでしょうけど。

 

そして恐ろしいのは、こんな教育を行う幼稚園を、この国のトップが支持し、絶賛し、名誉校長となり、感謝状まで贈ったという事実です。

今回、たまたま問題が浮上したわけですが、そうでなければ、こうした幼稚園が「素晴らしい」とされ、次々と同じような幼稚園や学校が設立されていったかもしれません(今からでもされるかもしれません)。

 

 

だから、何でも頭から信用することは危険だと思うのです。

 

 

今回のことで改めてわかったのは、この国は、本当の意味では子どものことなど何も興味がないということです。

自分の子は、自分で守るしかありません。

 

親が、「自分の子に関わるあらゆることは、自分の責任である」と考えていれば、幼稚園や学校に子どもを丸投げした挙句にクレームをつけるようなことも無くなると思うんですが。

 

 

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