【絵本の紹介】「ねぎぼうずのあさたろう その1」【156冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

私は子どものころ、よく祖父母の家で過ごしました。

祖父とはほとんど会話もなかったけれど、毎日決まってテレビの時代劇を見ている人でした。

 

でも、私は全然興味がなく、話の内容もちんぷんかんぷんで、登場人物の会話も少しも頭に入ってこないし、

毎回なんかゴニョゴニョやってるけど、結局最後にチャンチャンバラバラやって一件落着

というお約束の、どこがおもしろいんだろう、と思っていました。

 

ところが今、子どもを持つ歳になってから、なんだか無性に時代劇とか、古臭い邦画とかを観たくなるんですね。

あの「お約束」の世界の魅力に気づいたわけです。

時代劇にしろ、任侠ものにしろ、「型」があるから心地いいんですね。

 

今回は思いっきり「型」通りの時代劇絵本というやつを紹介しましょう。

ねぎぼうずのあさたろう その1」です。

作・絵:飯野和好

出版社:福音館書店

発行日:1999年11月20日

 

一度見たら忘れられないこの画風。

作者の飯野さんは秩父の農村で育ち、幼いころの「チャンバラごっこ」を原点に、この作品を描いたそうです。

 

タイトル通り、主人公はネギ。

登場人物は野菜。

でも、内容はファンタジーではなく、「義理と人情」の時代劇です。

 

扉ページを開くと、のっけから「二代広沢虎造風浪曲節で」と注釈を入れた上で、

はるがすみ〜 むさしのくにの つちのかおり

と歌い出します。

 

飯野さん、ノリノリですな。

時代劇とか浪曲とかに疎いであろうお母さん方に妥協する気ゼロで、嬉しくなります。

あさつきむら」の、ねぎぼうずの「あさたろう」は、村の顔役である「やつがしらのごんべえ」たちの乱暴狼藉を見かねて飛び出し、必殺の「ねぎじる」攻撃でごんべえたちを懲らしめます。

 

ごんべえの報復を考えたあさたろうは、村を離れ、旅に出ます。

廻し合羽に三度笠。

江戸時代の東海道沿いの風俗が描かれ、楽しさ満載です。

 

そこの茶店で、謎の浪人者が登場。

なんかかっこいいけど、正体は「きゅうりのきゅうべえ」。

ごんべえの頼みにより、あさたろうの命を狙いに来た刺客だったのです。

 

山道での対決。

おっかさんの用意してくれたわさびと唐辛子で、あさたろうは窮地を脱し、また旅を続けるのでした。

 

★      ★      ★

 

浪曲は、落語や講談と並んで、大衆に大変な人気のあった芸道です。

この絵本はそんな「浪曲」をイメージした語り口調で作られており、読み聞かせが難しそうに思う人も多いかもしれません。

 

でも、別に難しく考えなくても、でたらめの節でもいいから「それっぽく」語ったり唸ったりすればいいと思います。

やってみると実に楽しいですよ。

子どもも必ず喜びます。

言葉の難しさなんか、気にする必要はありません。

 

まったく浪曲がイメージできない人は、一度ネット上の動画などで「二代広沢虎造」を検索してみてください。

「清水の次郎長伝」とか、ついつい聴き入ってしまいますよ。

あれを自分でやれると思うとわくわくしてしまいます。

 

この「ねぎぼうずのあさたろう」シリーズは現在7作目まで刊行されており、テレビアニメ化もされるなど、すっかり人気者です。

この絵本をきっかけに、浪曲の世界に興味を持つ人が増えることを願います。

 

能狂言とか文楽なんかも、どんどん絵本化してみてほしいですね。

難しそうだけど。

 

推奨年齢:4歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆☆

アングルの効果的度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「ねぎぼうずのあさたろう その1

■これまでに紹介した絵本のまとめはこちら→「100冊分の絵本の紹介記事一覧

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【絵本の紹介】「チムとゆうかんなせんちょうさん」【148冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

私が子ども時代に夢中になった冒険小説と言えば、スティーブンソンの「宝島」です。

海と冒険は切っても切り離せないもの。

 

果てしなく広い海。

潮のにおい。

荒っぽい船乗りたちの掛け声。

危険な魅力に満ち溢れた世界。

 

そこへ自分が飛び込んでいくことを想像すると、震えるほどの興奮を覚えました。

いつの時代も、男の子が冒険に憧れる気持ちは変わらないのでしょう。

 

今回は海洋冒険絵本の最高峰シリーズより、「チムとゆうかんなせんちょうさん」を紹介します。

作・絵:エドワード・アーディゾーニ

訳:瀬田貞二

出版社:福音館書店

発行日:1963年6月1日

 

作者のアーディゾーニさんは、イギリスを代表する挿絵画家。

生涯に180冊以上の作品を残しており、この「チムとゆうかんなせんちょうさん」は、35歳の時に息子のために作った物語で、以後シリーズ化し、77歳で全11冊を完結させました。

 

今なお色褪せぬアーディゾーニさんの挿絵の魅力については、一言では語りつくせません。

特徴的なのは、基本的に「引いた」アングルで描くこと。

顔のアップなどはほぼありません。

それでいて、ペン一本で描かれたモノクロカット一枚一枚には、読む者の想像力を刺激し、物語に最大限の効果を添える力が備わっています。

生粋の挿絵職人と呼ぶべきでしょう。

 

ちなみに、こぐま社の創業者・佐藤英和さんは熱狂的なアーディゾーニファンであり、コレクターであることで有名です。

 

さて、作品の内容紹介に入りましょう。

チムは船乗りに憧れる男の子。

港町に住み、浜で遊んだり、仲良しの船長さんから航海の思い出話を聞いたり。

 

そのうちに憧れはどんどん膨らみ、ある日ついに、こっそり汽船に乗り込んでしまいます。

船員に見つかったチムは、船長の前へ連れて行かれます。

 

船長は怒り、チムにただ乗り分の仕事をさせます。

辛い仕事でしたが、チムはよく働き、次第に船長や乗組員たちから認められていきます。

 

コックと仲良くなったり、船の操縦を教えてもらったり。

 

しかしある嵐の夜、船は岩にぶつかって横倒しになり、沈み始めます。

船員たちはボートで脱出しますが、チムは逃げ遅れて、船に取り残されてしまいます。

 

ブリッジに出ると、船長がたった一人で残っていました。

チムを見つけると、船長は彼の手を握り、言います。

 

やあ、ぼうず、こっちへ こい。なくんじゃない。いさましくしろよ。わしたちは、うみのもくずと きえるんじゃ。なみだなんかは やくに たたんぞ

 

その言葉に、チムは勇気を奮い起こし、泣くのをやめ、最後の時を待ちます。

その時、救命ボートが近づいてきて、二人は危ないところで助かります。

 

陸地に戻ったチムは、すっかり有名人扱い。

元気になると家に送り届けてもらい、船長さんはチムの両親に、チムの勇ましかったことを褒め、次の航海にぜひチムを連れて行きたい旨を告げます。

両親の許しを得て、チムはとても喜ぶのでした。

 

★      ★      ★

 

まさに男の子のための冒険物語。

海への憧れを叶え、逞しい船乗りたちに混じって認められ、大冒険を経て無事に帰還し、大人たちに褒められる。

文句なしに痛快で幸せなストーリーです。

 

少し長いですが、5歳くらいからでもおすすめです。

自分で読みふけるもよし、寝る前に読み聞かせてあげれば、ワクワクするような勇ましい気持ちとともに眠りにつけるでしょう。

 

また機会を見つけて、チムの冒険の続きを紹介していきたいと思います。

 

推奨年齢:5歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆

ボートのおじさんの責任感度:☆

 

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【絵本の紹介】「ラチとらいおん」【137冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回はハンガリーのロングセラー絵本「ラチとらいおん」を紹介します。

文・絵:マレーク・ベロニカ

訳:徳永康元

出版社:福音館書店

発行日:1965年7月14日

 

せかいじゅうで いちばん よわむし」な男の子・ラチと、彼を強くするためにやってきた「ちいさな あかい らいおん」のお話。

「ドラえもん」をイメージさせるスタイルの物語です。

 

何と言っても、この「らいおん」のキュートなこと。

(・ω・)←こんな顔が、2頭身に収まっていて、今でもじゅうぶんゆるキャラとして通用する絶妙なキャラクターデザイン。

 

なおかつ、文と絵がテキトーなようでいて、なぜか心に響きます。

 

ラチは犬を見ると逃げ出し、暗い部屋には怖くて入れません。

友達からも馬鹿にされ、遊んでもらえません。

 

そんなラチが好きなのはライオンの絵。

ぼくに、こんな らいおんがいたら、なんにも こわくないんだけどなあ

 

ところがある朝、目を覚ますとベッドのそばに、「ちいさな あかい らいおん」がいます。

花瓶の花を一本口にくわえて、にくいポーズを取る「らいおん」。

その滑稽さにラチは大笑いし、「らいおん」は怒ります。

 

椅子を片手で持ち上げ、ラチを床に押し倒し、強さを誇ります。

きみも つよくなりたいなら、ぼくが つよくしてやるよ

 

そして「らいおん」は、ラチに強くなるための体操を教えます。

 

ラチが出かけるときには、「らいおん」はポケットに入ってついていきます。

ぼくには、らいおんが ついているんだ

と思うと勇気が湧いて、ラチは犬を怖がる女の子の手を引いてやり、暗い部屋にも物を取りに行けるようになります。

だんだん自信をつけていくラチ。

ある日、のっぽの男の子にボールを取られた友達がしょんぼりしているのを見て、ラチはボールを取り戻しに行きます。

 

全然自分を怖がらないラチを見て、のっぽの方が逃げ出してしまいます。

ボールを取り戻したラチは、「らいおん」にお礼を言おうと思ってポケットに手を突っ込みます。

 

するとそこには、「らいおん」の代わりにりんごがあるだけでした。

らいおんが ついていなくても、ラチはつよかったのです

ばんざい! ばんざい! ばんざい!

ラチが走って家に帰ると、「らいおん」からの手紙が。

ラチの成長を見届けた「らいおん」は、自分の役目が終わったことを知り、また自分を必要とする子どものところへ行ったのでした。

 

★      ★      ★

 

「強さ」とは何か。

ここではようするに「自信」のことです。

 

それも大げさなものではなく、何かをする時に、最初の一歩を踏み出す力のことです。

でも、それが案外難しい。

 

大人から見ると、「どうしてそんなことができないの?」と思うようなことで、引っ込み思案になってしまう子どもはたくさんいます。

変なものを怖がったり、公園の遊具に尻込みしたり。

 

そんな時、「やればできる」は禁句です。

子どもはプレッシャーを感じ、余計に頑なになります。

 

もちろん、やればできるのは当たり前です。

問題はどうやって最初の一歩を踏み出すかなのです。

子どもだって、この恐怖心を克服しなければならないことは、誰よりも自分自身がわかっているのです。

 

それはとてもナイーブな感情で、親といえども軽々に立ち入ることのできない心の領域なのです。

 

この作品が、そんなナイーブな領域にすっと入り込めるのは、その簡潔でユーモラスな文と絵の力によるものです。

計算され尽くした「らいおん」のキャラクターによるものです。

一見すると適当に見える絵ですが、そこからはラチの成長や、その輝かしい未来を明確に思い描くことができます。

 

「ラチとらいおん」は黒い表紙で、サイズは15×23くらいの小さな絵本です。

あまり目立たず、本棚の片隅にそっとしまわれているような。

でも、そういうのが、案外持ち主にとって大事な本だったりするのです。

 

人はみんな、心の中の小さなスペースに、それぞれの「らいおん」を置いてあるのではないでしょうか。

 

推奨年齢:4歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆

「らいおん体操」のユルユルさ度:☆☆☆☆☆

 

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【絵本の紹介】「アンガスとあひる」【127冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回紹介するのは古典絵本「アンガスとあひる」です。

作・絵:マージョリー・フラック

訳:瀬田貞二

出版社:福音館書店

発行日:1974年7月15日

 

作者のマージョリー・フラックさんはワンダ・ガアグさん(「100まんびきのねこ」の作者)とともに、アメリカ絵本の基礎を築いたとされる人です。

日本での刊行は1974年のことですが、この絵本が発表されたのは実に87年前、1930年です。

 

色も少なく、コストカットなどの理由から片面カラーで、モノクロのページと交互に展開される印刷は、現代の目から見れば少々地味に映るかもしれません。

また、ストーリーも単純で、目を見張るほどのドラマはありません。

 

しかし、注目するべきは、その構成、ページ配分の妙、動きを持たせるための様々な工夫です。

絵本を単なる挿し絵のついた本や画集ではない表現分野にするための腐心とも言えます。

 

アンガスは好奇心旺盛なスコッチテリアの子犬。

見るもの嗅ぐもの、何でも知りたがりましたが、普段は紐に繋がれていて、自由に調べられません。

 

ある日、紐が外れているチャンスを得たアンガスは、以前から気になっていた庭の生垣の向こう側から聞こえる「ガー、ガー、ゲーック、ガー!」という音の正体を確かめに飛び出します。

音の正体は二羽のあひる。

アンガスは吠えたててあひるを脅かし、水飲み場から追い立ててしまいます。

勝ち誇ったように水飲み場を占拠するアンガス。

しかし……。

あひるたちの突然の逆襲に遭い、アンガスは慌てて逃げ出します。

そしてどうにか家に飛び込んで、ソファの下に潜り込みます。

 

★      ★      ★

 

この絵本の軸となっているのは、ひたすらアンガスの「行動」です。

読み手はページをめくることでアンガスの動きを追うわけですが、アンガスの位置(あひるに追われて、だんだん画面隅へ追いやられ、最後には尻尾のみになります)、さりげない文のリード(次のページへまたがる文が多数あります)、クライマックス前の静けさの演出(アンガスが水を飲み、あひるたちが不気味に話し合っている図)など、実によく計算されています。

 

そして、ラストシーンの3連続のアンガスの静止画と、

そして、とけいの きざむ、いち

に、

さんぷんかん、なにごとも しりたいと おもいませんでした

という文の呼吸も見事な効果を生んでいます。

 

派手さはなくとも、こうした様々な試みに成功したことが、のちの絵本作家たちに多大な影響を与えたことは間違いないでしょう。

そしてもちろん、この「アンガスとあひる」は現代でも子どもたちに読み継がれ、じゅうぶんに支持される作品であり続けています。

 

推奨年齢:4歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆

静と動の巧みな使い分け度:☆☆☆☆☆

 

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絵本の紹介【100冊目】「ピーターラビットのおはなし」

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回はついに100冊目の絵本紹介です。

取り上げるのは、世界的名作「ピーターラビットの絵本」シリーズから、その記念すべき第一作「ピーターラビットのおはなし」です。

作・絵:ビアトリクス・ポター

訳:石井桃子

出版社:福音館書店

発行日:2002年10月1日(新装版)

 

先日、「ピーターラビット展」へ行ってきました。

その時の記事で、ビアトリクス・ポターさんの生涯などを紹介しておりますので、そちらも併せてご覧ください。

 

≫「ピーターラビット展」に行ってきました。

 

上の記事でも触れていますが、私がこのシリーズを読んだのは息子が生まれてからなんです。

読み聞かせするには、サイズが小さいし(縦15×横11程度の絵本です)、文が多くて、どちらかというと自分で読むための絵本という印象を受けます。

 

でも、試しに息子に読んでみたところ、あっという間に「お気に入りの本」扱いになり、特にこの第一作は何度でも繰り返してリクエストするようになりました。

 

そして私自身も、ピーターと、彼を取り巻く世界の虜になってしまいました。

 

この小さな絵本が、どうして36か国語に訳され、4500万部も売れたのか。

大人・子どもを問わず、読む者を惹きつけて離さないその魅力の源は何なのか。

 

私は、それは「リアリティとファンタジーの、究極の結合」にあると思います。

 

まずは、内容をざっと見てみましょう。

おおきなモミの木の下の家に住む、子ウサギのピーター。

父親はすでに亡く、母親と、3匹の妹たちと暮らしています。

 

ある朝、お母さんが買い物に出掛ける際、子どもたちを集めて言います。

おひゃくしょうのマグレガーさんとこの はたけにだけは いっちゃいけませんよ

そして、ピーター達の父親は、マグレガーさんの奥さんに「にくのパイ」にされてしまったという、読者にとってわりと衝撃の事件を語ります。

 

でも、いたずらっ子のピーターはそんなお母さんの言いつけなど聞いちゃいません。

それは絵からすでに読み取れます(妹たちはお母さんの方を向いているのに、ピーターは反対を向いています)。

 

果たして、お母さんがいなくなるやいなや、ピーターはマグレガーさんの畑に侵入し、手当たり次第に野菜を盗み食いします。

食べ過ぎで胸が悪くなったピーターは、パセリを探しに行く途中、マグレガーさんにぱったり遭遇してしまいます。

何しろ捕まったら「にくのパイ」ですから、ここの逃走劇は本当に命がけです。

ピーターは必死に逃げ、途中で上着も靴も無くし、やっとの思いで森の家に辿り着きます。

 

その晩、ピーターはお腹を壊し、お母さんに薬を飲まされ、ベッドに寝ていなければなりませんでした。

 

★      ★      ★

 

「ピーターラビットの絵本」がネット上で「実は怖い!?」などと噂されるのは、「にくのパイ」に代表される、「食べられエピソード」にあると思います。

 

このシリーズにおいて、人間や動物たちは共存してはいても、「みんななかよし」の甘い幻想世界の住人ではないのです。

 

ひげのサムエルに、だんごにされそうになる子猫のトム。

フロプシーの子どもたちをかどわかして食べようとするアナグマ・トミー。

ふくろうのブラウンじいさまに皮を剝がれそうになるりすのナトキン。

人間たちは、ぶたを労働力として使い、時にはベーコンにしてしまいます。

 

しかしその一方で、動物たちは服を着たり脱いだりし、後ろ足で立って歩き、商売をして生計を立て、言葉を解します。

これらの「空想」は、上記の「甘くない現実」の上に構築されるがゆえに、圧倒的なリアリティを生じさせます。

 

リアリティとファンタジーの究極の結合」とは、こうした点です。

 

それは絵の表現においても顕著です。

 

ピーターはある絵では人間の男の子にしか見えません。

しかし、他のカットでは、うさぎそのものとして描かれています。

驚嘆すべきは、それらに何の矛盾も感じないという点です。

 

これは死んだうさぎを解剖して骨格まで調べたというポターさんの精緻な画力によるものですが、ピーターが後ろ足で立つ姿も、

「もしうさぎが靴を履いて後ろ足で立ったとすれば、こういう姿勢になるはずだ」

という、冷静な観察と分析のもとに描かれているから、無理を生じないのです。

 

また、シリーズ通して描かれる美しい自然や建物は、ポターさんが生活した湖水地方やヒルトップ農場の風景を再現したものです。

 

こうした特徴ゆえに、頭の固い大人たちの中からは、子どもがこのお話を読むことで「現実と空想の区別がつかなくなる」という批難の声が上がるかもしれません(現に、当時からそうした批判は多かったようです)。

 

そういう大人たちは、不幸な子ども時代を送ったがゆえに健全な想像力を育てられなかった哀れな人々ですから、そっとしておきましょう。

ただ、将来ある子どもたちの害とならないよう、引っ込んでいて欲しいと願うばかりです。

 

現実と空想は対立するものではありません。

それらは相互補完の関係にあります。

 

子どもはその卓越した想像力を行使して、真実を理解します。

空想は現実の理解を助け、現実は空想を育てるのです。

 

こんなことは、いちいち説明するまでもなく、子どもの成長を見ていればわかることです。

 

磨き抜かれた想像力は、透徹した現実的観察力となる。

 

これが真実であることは、作者の人物像が何よりも雄弁に物語っています。

 

ポターさんの子ども時代はけっして幸福なものとは言えず、厳格な両親のもとで、牢獄に繋がれたような毎日を送っていました。

同年代の友達も作れず、自由に外出もできず。

 

そんな中で、少女を孤独から救ったのは想像力でした。

彼女はその類稀なる力で、動物と会話し、自然と触れ合い、自分だけの―――そしてやがて「ピーターラビットのおはなし」に繋がる世界を創造していったのです。

 

ポターさんが若いころに記した暗号日記が残され、解読されていますが、その中には、「実際に」彼女が動物たちと会話していたらしい記述が認められます。

私は、彼女が本当に動物たちの言葉を聴くことができたのだとしても驚きませんが、こうした「空想」を逞しくしていった結果、彼女は現実世界から遊離した、ふわふわと地に足のつかない人間になったでしょうか?

 

ポターさんほど多くの研究者の対象となった絵本作家は稀ですが、それは彼女が単に世界的名作の作者であるというだけではなく、極めて優れた経営手腕を持った女性だったからです。

 

もともとは知り合いの息子に向けて作った「ピーターラビットのおはなし」を絵本化しようと、ポターさんは自ら出版社と交渉し、断られると自費出版に踏み切り、たちまち人気作家となります。

彼女が凄いのは、シリーズの絵本・ぬいぐるみ・おもちゃなどに関する版権をすべて押さえていたこと(弁護士の夫の力もあるでしょうけど)。

そしてその収益をもとに、農場経営や自然保護などの活動に取り組んだのです。

 

これらの現実的生活力や認識力・分析力は、現実と空想を結び付ける想像力を源としているとは言えないでしょうか。

 

もうひとつ、私が気に入っている点は、ポターさんの語り口です。

ピーターは親の言いつけを聞かなかったために散々な目に遭いますが、作者の抑制的な文章によって、それは少しも教訓的な話になっていません。

 

ただ、大人が考えるほどに甘くも平和でもない「子どもの世界」を、完全な形で描いた絵本に巡り会えたことが、子どもにとってどれほど心強い「生きる力」となるかは、想像に難くないのです。

 

推奨年齢:4歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆☆

現実と空想の絶妙な配合度:☆☆☆☆☆

 

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