【絵本の紹介】「ぬまのかいぶつボドニック」【388冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

連休も明け、やっと涼しくなってきましたね。

体調を崩さないように今週もぼちぼち頑張りましょう。

 

今回紹介するのは「ぬまのかいぶつボドニック」です。

作・絵:シュテパン・ツァフレル

訳:藤田圭雄

出版社:ほるぷ出版

発行日:1978年7月10日

 

深い水の底を思わせる暗い青を基調とした水彩作品です。

表紙でパイプをくわえているのが「ボドニック」。

 

紳士風の身なりをしており、顔色が悪い他はさほど「かいぶつ」らしさはありません。

造形もコミカルで可愛らしいとも言えます。

 

けれどもこれがなかなかの外道。

民話風の長めのテキストと全編通した薄暗い色調も相まって、一種独特なダークファンタジー風の世界を構成しています。

 

森の奥の沼を棲み処とするボドニックは、近付くものを片っ端から水の底に引きずり込み、その魂を壺に入れて隠しているという恐ろしい怪物です。

沼のそばの水車小屋にはマンヤという娘がひとりで暮らしていました。

ある時、ボドニックがマンヤの前に姿を現し、「おまえは おれとけっこんするんだ」と一方的に告げます。

 

マンヤは当然拒否します。

そしてホンツァという青年のプロポーズを受け入れ、二人は結婚式を挙げるため村へ向かいます。

 

怒ったボドニックは二人を襲撃し、水の底に沈めます。

ホンツァは「あたまのふたつある みにくいさかな」に変えられてしまいます。

こうしてマンヤは無理矢理ボドニックと結婚させられてしまいます。

ボドニックはマンヤに様々な仕事をさせ、真珠を探してくるように言いつけます。

水の底をさまようマンヤに、魚に変えられたホンツァが話しかけ、脱出計画を立てます。

マンヤはかつて家に泊めてあげたおばあさんからもらった「まほうの たから」を三つ持っていました。

くびまき」「はい」「なわ」です。

 

その首巻をボドニックの首に巻くと、ボドニックは眠りこけ、そのすきにマンヤはホンツァをもとの姿に戻すために必要な壺を取って逃げます。

ホンツァは無事に人間に戻り、二人は逃げ出す前に他の壺に封じ込められている人たちの魂も助けるため、壺を壊して回ります。

そこでボドニックが目を覚まし、手下のうなぎやかにと共に追いかけてきます。

マンヤは残りの宝を使いながら難を逃れ、際どいところで沼から這い上がります。

 

怒り狂ったボドニックは沼から飛び出してさらに二人を追いますが、太陽の光を浴びて消滅してしまいます。

こうしてマンヤとホンツァはめでたく結ばれ、幸せに暮らすのでした。

 

★      ★      ★

 

作者の独創か、原作となる民話があるのかは知りませんが、王道的昔話の物語形式をとった絵本です。

 

異形の怪物が主人公を妻としようとする婚姻譚である点。

主人公が「3つの呪具」を与えられ、それを駆使して難を逃れる点。

 

人間の魂を壺に閉じ込めたり、魚の姿に変えてしまう怪物からの逃走劇はなかなかにスリリングで怖いです。

それだけに面白い。

 

しかし何といっても印象深いのは(そして作者自身がもっとも描きたかったであろうことは)ボドニックのキャラクターでしょう。

残酷で恐ろしく、愛する者同士を引き裂き、怒りっぽくて嫉妬深く、執念深い怪物。

しかし一方でボドニックには常にある種の悲愴感・孤独感がつきまといます。

 

その暗黒の心と同様、醜く歪んだ自分の姿を派手な衣装で飾り立て、美しいマンヤに恋い焦がれ、ライバルを醜い姿に堕とさずにはいられない。

おそらくボドニックは自分の醜さを自覚しており、嫌悪しています。

 

それがこの怪物がまとう悲愴感の源です。

子どものころから想い続け、大人になるのを待って迎えに行ったマンヤから「あなたは びしょぬれだし きみがわるいし それに みどりいろだし」と悪しざまに撥ねつけられるボドニック。

怪物が太陽を忌避するのは、醜い己の姿が白日の下に晒されるのを恐れるからです。

けれども一方で怪物の捻じくれた心は、明るく美しい太陽(マンヤ)を求めずにはいられません。

 

怪物の悲愴と孤独は、その断末魔のシーンで明確に描かれます。

かいぶつは へなへなになって ふるえだし かなしそうなこえをだして ぬまのほうをみました

もう おそかったのです。ひとあし あとずさりをしましたが それが さいごでした

 

怪物が永久に消えてしまったことで、聞き手の子どもたちはほっと安心するでしょう。

けれども私のような大人は、己の内の醜い心から生み出されたようなボドニックの哀れな最期に対し、一掬の涙を注がずにはいられないのです。

 

推奨年齢:4歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆

靴を仕立てるボドニックのいじらしさ度:☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「ぬまのかいぶつボドニック

■これまでに紹介した絵本のまとめはこちら→「00冊分の絵本の紹介記事一覧

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〒578−0981

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E-Mail:book@ehonizm.com

【絵本の紹介】「どこいったん」【375冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回紹介するのはジョン・クラッセンさんの衝撃作「どこいったん」です。

作・絵:ジョン・クラッセン

訳:長谷川義史

出版社:クレヨンハウス

発行日:2011年12月5日

 

結構話題になった作品ですので、聞いたことのある人も多いでしょう。

現代的に洗練されたデザインととぼけたタッチ。

大阪弁丸出しのタイトルに、なんだかホンワカしたぬくもりを感じて手に取った大人たちを次々に奈落へ落した問題作です。

 

あ、先に言っときますけど、私は絵本に関してはネタバレを気にしませんのであしからず。

絵本というのはネタが割れようが関係なく、何度も繰り返して読むものです。

子どもたちの読み方がその規範です。

 

じゃあ内容を読みましょうか。

テキストはいたってシンプルですが、長谷川義史さんによる大阪弁翻訳が非常にマッチしてて、いい味を出しています。

長谷川さんは「いいからいいから」などで人気の絵本作家さん。

翻訳はこれが初挑戦だそうですが、いい仕事されてます。

 

表紙のくまが自分のぼうしを探しています。

ぼくのぼうし どこいったん?

と他の動物たちに聞いて回るのですが、みんな知らない、もしくは頓珍漢な答え。

でもその中に、明らかに怪しいうさぎが混じってるのですね。

赤くてとんがったぼうしをかぶり、くまにぼうしのことを尋ねられると動揺して「し、しらんよ」「ぼうしなんか とってへんで」「ぼくに きくのん やめてえな」と挙動不審全開。

 

それを「さよか」で得心するくまの抜けっぷりが笑いを誘います。

結局ぼうしを見つけられず、落胆するくま。

しかし、シカに「どんな ぼうし?」と尋ねられ、「あこうて とんがってて……」と答えかけ、はっと思い当たります。

ここでバックにはどきっとするような赤が使われます。

くまは急いでうさぎのところへ駆け戻り、「ぼくの ぼうし とったやろ」。

そしてテキストのないカット。

この間……。

 

次のページではくまは無事にぼうしを取り戻していますが、うさぎの姿はありません。

そこでりすが「うさぎ どこいったん?」と質問すると、今度はくまが挙動不審となり、「し、しらんよ」「うさぎなんか しらんで」「うさぎなんか さわったことも ないで」とオドオド答えるのです。

 

しかしよく見るとくまが座っているのはさっきまでうさぎがいた場所。

草は折れ、葉が散らばり……。

 

★      ★      ★

 

ああー、なるほどね」とうなずくものの、はっきり言って怖い。

絵本では割と珍しいブラックジョークです。

面白いし絵も素敵だけど、やっぱり子どもに見せるのを躊躇してしまう人もいるでしょう。

 

翻訳出版するにあたって出版社側もそこのところで悩んだのでしょう、その結果として長谷川さんの大阪弁訳を選んだのはうまい案だと思います。

絵本原文はかなりシンプルなテキストのようで、長谷川さんはそれを意訳し、ユーモラスに仕立てています。

くまのキャラクターもよりすっとぼけた親しみやすいものとなり、おかげでラストの怖さがだいぶ緩和されています。

 

……もっとも、人によっては「余計にじわじわ怖い」かもしれませんが。

 

原文はシンプル、と言いましたが、ラストシーンでははっきりと「EAT」という単語を使ってまして、うさぎがくまに食べられたことは明白なんですね。

翻訳版ではそこをぼかしている分、かえって小さい子どもが「うさぎ、どこいったん?」と不思議に思って質問してくるかもしれません。

 

もっとも、子どもはうさぎがどこに行ったかを知っても、大人が危惧するほどに衝撃を受けないでしょう。

「なるほど」という納得感のほうが勝つからです。

もちろん子どもによっては怖くなってしまうかもしれませんが、直接的な残虐描写があるわけではないので、さほど心配することはないと思います(もっと有害なものは現代にあふれています)。

 

この絵本はニューヨークタイムズ2011年絵本ベスト10に選ばれ、続編的作品の「ちがうねん」(This Is Not My Hat)は2013年のコールデコット賞に輝きました。

絵本の自由度、可能性というものは時代とともに広がっていくものです。

 

推奨年齢:5歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆(ネイティブ関西弁話者有利)

実際に嘘がばれた時にこんな感じになる奴はいる度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「どこいったん

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【絵本の紹介】「ひげのサムエルのおはなし」【345冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

そろそろまた大好きなあのシリーズを取り上げたくなりました。

ご存知「ピーターラビットの絵本」より「ひげのサムエルのおはなし」を紹介します。

作・絵:ビアトリクス・ポター

訳:石井桃子

出版社:福音館書店

発行日:1974年2月28日

 

美しい自然と精緻な動物たちの水彩画。

ユーモラスでファンタジックでありながら少しも甘くない厳然たるリアリティに貫かれた世界。

 

世界中の子どもたち(そして私のような大人たち)を虜にし続けるウルトラロングセラー「ピーターラビット」。

後進の絵本作家たちに多大な影響を与えたビアトリクス・ポターさんの描き出した物語です。

 

一体何人の作家が「こんな絵本を描きたい」と筆をとったことでしょう。

しかしながら、いまだに「こんな絵本」を再現できたと言える作家は現れていません。

 

ポターさんの突出した想像力はもはや「才能」という言葉では追いつかない、異次元の能力と言っていいでしょう。

それは実際に動物と会話ができるほどの力であったと考えられます。

そうでなければ、こんな絵本が描けるでしょうか。

 

≫絵本の紹介「ピーターラビットのおはなし」

≫絵本の紹介「パイがふたつあったおはなし」

≫絵本の紹介「ベンジャミン・バニーのおはなし」

 

さて、シリーズ通して度々登場する「食べられエピソード」ですが、この「ひげのサムエルのおはなし」ではそれが特に強烈に描かれています。

この世界の動物たちは人間と同じように立って、話して、服を着て、商売をして生活しているのですが、一方では常に捕食される(あるいは皮を剥がれるといった)危険に晒されており、その一定の緊張感こそが、この作品を極上のファンタジーたらしめています。

 

考えてみればこれは子どもの目から見る世界そのものであると言えます。

子どもは大人たちと同様に人間でありながら、決して大人とは同列に扱われない無力な存在です。

彼らは本能的に大人に蹂躙される恐怖を抱いています。

だからこそ、子どもたちは「ピーターラビット」の世界に全身で共感することができるのです。

 

前置きが長くなりました(というか、ほとんど言いたいことは語ってしまいました)が、手早く本編を読みましょう。

何しろ74pもある長編です。

 

今回の主人公は「こねこのトム」。

シリーズ通して何度か登場する「タビタ・トウィチット」というねこの奥さんの息子です。

タビタさんには他に「モペット」「ミトン」という可愛らしい名前の娘もいますが、三人そろってわんぱく盛りで、まるっきり言うことを聞かないもので、タビタさんはいつも振り回されています。

今日も今日とて、パンを焼く間子どもたちを押入れに閉じ込めておこうとするのですが、そろって姿を隠してしまいます。

 

タビタさん家はずいぶんと古くて広いお屋敷のようで、探すのも大変です。

そこへ現れたのは、「パイがふたつあったおはなし」で登場した「リビー」さん。

相変わらずおしゃれさん。

タビタさんとはいとこ同士です。

 

リビーさんはタビタさんに協力して、広い屋敷内をくまなく捜索します。

モペットとミトンは見つかりましたが、トムが見つかりません。

おまけに、モペットとミトンの証言から、この家のどこかに棲みついているらしい巨大なねずみが不穏な動きを見せていることが判明します。

「麺棒」「バター」「ねり粉」……ざわざわするワードの数々。

タビタさんとリビーさんは屋根裏の床下から妙な音がするのを確認し、「だいくのジョン」(犬)に救援を求めることにします。

 

さて、こねこのトムに何が起こっていたかと言いますと、彼は煙突を上って外へ行こうとして脇道に入り、屋根裏の床下に出てしまったのでした。

そこにいたのは巨大なねずみの「ひげのサムエル」と彼の細君「アナ・マライア」。

トムはあっという間に凶暴な二匹の手にかかり、縛り上げられてしまいます。

 

サムエルはマライアに「わしに、ねこまきだんごをつくってくれや」と恐ろしいセリフを吐きます。

なんとこのねずみたちは子猫を食べるのです。

一体どんな本に「ねずみに食べられる猫」の物語が登場するでしょう。

泣いて抵抗するトムを完全に無視して「ねこまきだんご」の準備を進めるサムエル夫妻。

ねり粉の量やひものことで口喧嘩をしつつ、着々とトムをだんごにしていきます。

トムを「食用」としてしか見ていない態度に寒気がします。

 

もはや絶体絶命というところで、大工のジョンさんが駆けつけ、のこぎりで天井の床を切り開きます。

サムエルたちは仕方なくトムを諦め、屋敷から脱出します。

 

九死に一生を得たトムですが、成長してからもこの体験はトラウマとして残り、ねずみを怖がるようになってしまいます。

無理もありませんね。

 

★      ★      ★

 

前述の通りかなり長いお話で、なおかつちょっと難しい表現も多く、小さな子には理解が追い付かない部分もあるでしょう。

例えばねずみたちの暗躍を知って驚愕するタビタたちとか、ひげのサムエルとアナ・マライアの会話とか、そうしたシーンに詳細な説明的テキストはありません。

これはポターさんの特質のひとつでもありますが、彼女の文章は丁寧でありながらある部分では非常に寡黙で抑制的なのです。

 

ゆえに、単純に絵と文だけから物語の全容が知れるわけではなく、読者は想像力を働かせなければなりません。

だから幼い子ども向けとは言えないのですが、個人的な経験を挙げれば、私は息子が4歳ごろにこれを読み聞かせました。

これまでも他の「ピーターラビット」シリーズの長いお話を聞いていたので、これも行けるかなと思ったのです。

 

やっぱり息子は最後まで集中して聞いていました。

内容をすべて理解したわけではないでしょうが、ここに描かれている物語がある意味で自分に近しい世界であることを、どこかで感じ取ったのかもしれません。

爾来、「ひげのサムエルのおはなし」は定期的にリクエストされる一冊になりました。

 

このシリーズが独特な点のひとつに、語り手であるポターさんの存在があります。

彼女は第三者的視点で物語を語りますが、同時にこのファンタジー世界の住人でもあります。

私などはつい作者の存在を忘れて朗読していたりするのですが、ふとした瞬間にポターさんはその存在感を露わにします。

 

この「ひげのサムエルのおはなし」では、大工のジョンが「ポターさんの手おしぐるま」を作り、クライマックスではサムエル夫妻がその手押し車を勝手に使って引っ越しをし、それをポターさん自身が目撃するという、なんとも不思議な描写がなされています。

 

その影響か、息子の描く絵の中には稀に「ポターさん」というキャラクターが登場します。

時代も国も越えて、子どもにそんな親近感と信頼感を抱かせることのできる絵本作家はポターさんを除いて存在せず、それもまたこのシリーズを唯一無二の作品にしている点だと思います。

 

推奨年齢:6歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆☆

食べ物を粗末にしない度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「ひげのサムエルのおはなし

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【絵本の紹介】「ゼラルダと人喰い鬼」【再UP】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

絵本界において一つの時代を担ってきた作家さんたちが次々と鬼籍に入られています。

かこさとしさん、ジョン・バーニンガムさんに続いて、異色の天才・トミー・ウンゲラーさんの訃報が届きました。

享年87歳。

 

このブログでも彼の作品を数々取り上げてきました。

彼の才能はもとより、権力者に対する鋭い風刺の目と、その反面子どもやマイノリティに対する限りない優しさが印象的なひとでした。

 

「すてきな3にんぐみ」「へびのクリクター」「月おとこ」など、たくさんのロングセラーを遺したウンゲラーさん。

哀悼の意を込めて、氏の独自性が最も強く表れている異色作「ゼラルダと人喰い鬼」を再UPします。

 

★      ★      ★

 

今回紹介するのはトミー・ウンゲラーさんの「ゼラルダと人喰い鬼」です。

作・絵:トミー・ウンゲラー

訳:田村隆一・麻生九美

出版社:評論社

発行日:1977年9月10日

 

その独創性・表現力・物事の本質を見極める目の確かさ・色使いの妙・構成の見事さ……。

他の追随を許さぬ絵本作りの名手、ウンゲラーさん。

 

これまでにこのブログでも何回か彼の作品を取り上げてきました。

 

ウンゲラーさんの唯一無二性は、彼の題材選びにあります。

ちょっと絵本作品としては選びにくい主人公やテーマを掬い出し、鋭い風刺の目と、確かな構成力、画力によって実に鮮やかに仕上げるのがウンゲラーさんの凄いところ。

 

ユーモアを交えつつ、あまりにもさらりと描かれているので、うっかり見過ごしかねませんけど、これは相当難しい作業だと思います。

この「ゼラルダと人喰い鬼」は、そんな作品群の中でも特に異質な題材の絵本です。

 

あっさり説明してしまえば、「恐ろしい人喰い鬼が、純粋な少女の力によって改心する」という、王道的童話なのですが、最初のページの人喰い鬼の恐ろしさと言ったら、とてもとても改心しそうには見えません。

 

血の付いたナイフを手に笑う凄まじい形相。

朝ごはんに子どもを食べるのが、何よりも大好き」という残酷な怪物。

檻から子どもの手だけが見えるのも、一層恐怖を煽ります。

 

町の人々は人喰い鬼を恐れて、子どもたちを隠します。

腹を空かせた怪物の前を通りかかったのは、ゼラルダという料理の得意な少女。

 

これ幸いとゼラルダを取って食おうとした怪物ですが、足を滑らせて崖から滑落。

町から離れた森の開拓地に住むゼラルダは、人喰い鬼の噂など何も知りません。

怪我をし、空腹で動けない怪物を哀れに思い、得意の腕を振るってご馳走を食べさせてあげます。

 

初めて食べるご馳走の味に驚いた人喰い鬼は、ゼラルダを食べる気をなくし、自分のお城に誘います。

人喰い鬼の財力にあかせて、ゼラルダは次々とおいしい料理を作ります。

人喰い鬼は大喜びで、近所の人喰い鬼を招待します。

怪物たちはみんなゼラルダの料理に感激し、子どもを食べることを止めてしまいます。

そして月日が流れ、とうとう人喰い鬼はゼラルダと結婚。

子どもを授かり、末永く幸せに暮らすのでした。

 

★      ★      ★

 

どうです、ラストの人喰い鬼の笑顔。

この鮮やかな転換は、「すてきな3にんぐみ」に通じるものがあります。

 

≫絵本の紹介「すてきな3にんぐみ」

 

しかし、よくよく考えてみれば、この人喰い鬼は改心したというわけではないのかもしれません。

最初から最後まで、彼の動機となっているのは「食欲」オンリーのように見えます。

 

まあ、町の子どもにお菓子を配ったりしてますし、文にない部分の怪物の心情は想像する他ありませんが。

そもそも、いくら子どもを食べることをやめたところで、それまで彼が数々の子どもを喰らった事実は変わりませんし、その罪はどうなるの? という疑問も残ります。

 

これは「すてきな3にんぐみ」も同様で、どろぼうたちは別に改心したわけではないのかもしれないし、最後に善行を施したからといって、それまでの罪が帳消しになるわけではないとも考えられます。

 

私たちはこれらの童話を「悪人が愛によって改心する」という定型に落とし込んで解釈したがるので、このラストにはどうしても釈然としない気分が残ります。

 

ウンゲラーさんはそれを承知の上で、上っ面の勧善懲悪を跳ね除けます。

自分と文化も感覚も異なる、理解を絶した「異邦人」に対し、己の「常識」や「正義」や「道徳」を持ち出してきても、ただ争いが起こるだけです。

そうした「異邦人」と共生する手段として、「食」という身体に根ざした欲求を持ってくるところが、この物語のリアリズムなのです。

 

そういう点を見逃して、「愛は偉大なり」的な読み込みをする大人に対する、ウンゲラーさんのとびっきりの「毒」が、最終ページに仕込まれています。

ゼラルダと人喰い鬼の間に生まれた子どもが、後ろ手に隠し持っているのは……。

 

推奨年齢:6歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆

グルメ絵本度:☆☆☆☆

 

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【絵本の紹介】「ゼラルダと人喰い鬼」【236冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回紹介するのはトミー・ウンゲラーさんの「ゼラルダと人喰い鬼」です。

作・絵:トミー・ウンゲラー

訳:田村隆一・麻生九美

出版社:評論社

発行日:1977年9月10日

 

その独創性・表現力・物事の本質を見極める目の確かさ・色使いの妙・構成の見事さ……。

他の追随を許さぬ絵本作りの名手、ウンゲラーさん。

 

これまでにこのブログでも何回か彼の作品を取り上げてきました。

 

ウンゲラーさんの唯一無二性は、彼の題材選びにあります。

ちょっと絵本作品としては選びにくい主人公やテーマを掬い出し、鋭い風刺の目と、確かな構成力、画力によって実に鮮やかに仕上げるのがウンゲラーさんの凄いところ。

 

ユーモアを交えつつ、あまりにもさらりと描かれているので、うっかり見過ごしかねませんけど、これは相当難しい作業だと思います。

この「ゼラルダと人喰い鬼」は、そんな作品群の中でも特に異質な題材の絵本です。

 

あっさり説明してしまえば、「恐ろしい人喰い鬼が、純粋な少女の力によって改心する」という、王道的童話なのですが、最初のページの人喰い鬼の恐ろしさと言ったら、とてもとても改心しそうには見えません。

 

血の付いたナイフを手に笑う凄まじい形相。

朝ごはんに子どもを食べるのが、何よりも大好き」という残酷な怪物。

檻から子どもの手だけが見えるのも、一層恐怖を煽ります。

 

町の人々は人喰い鬼を恐れて、子どもたちを隠します。

腹を空かせた怪物の前を通りかかったのは、ゼラルダという料理の得意な少女。

 

これ幸いとゼラルダを取って食おうとした怪物ですが、足を滑らせて崖から滑落。

町から離れた森の開拓地に住むゼラルダは、人喰い鬼の噂など何も知りません。

怪我をし、空腹で動けない怪物を哀れに思い、得意の腕を振るってご馳走を食べさせてあげます。

 

初めて食べるご馳走の味に驚いた人喰い鬼は、ゼラルダを食べる気をなくし、自分のお城に誘います。

人喰い鬼の財力にあかせて、ゼラルダは次々とおいしい料理を作ります。

人喰い鬼は大喜びで、近所の人喰い鬼を招待します。

怪物たちはみんなゼラルダの料理に感激し、子どもを食べることを止めてしまいます。

そして月日が流れ、とうとう人喰い鬼はゼラルダと結婚。

子どもを授かり、末永く幸せに暮らすのでした。

 

★      ★      ★

 

どうです、ラストの人喰い鬼の笑顔。

この鮮やかな転換は、「すてきな3にんぐみ」に通じるものがあります。

 

≫絵本の紹介「すてきな3にんぐみ」

 

しかし、よくよく考えてみれば、この人喰い鬼は改心したというわけではないのかもしれません。

最初から最後まで、彼の動機となっているのは「食欲」オンリーのように見えます。

 

まあ、町の子どもにお菓子を配ったりしてますし、文にない部分の怪物の心情は想像する他ありませんが。

そもそも、いくら子どもを食べることをやめたところで、それまで彼が数々の子どもを喰らった事実は変わりませんし、その罪はどうなるの? という疑問も残ります。

 

これは「すてきな3にんぐみ」も同様で、どろぼうたちは別に改心したわけではないのかもしれないし、最後に善行を施したからといって、それまでの罪が帳消しになるわけではないとも考えられます。

 

私たちはこれらの童話を「悪人が愛によって改心する」という定型に落とし込んで解釈したがるので、このラストにはどうしても釈然としない気分が残ります。

 

ウンゲラーさんはそれを承知の上で、上っ面の勧善懲悪を跳ね除けます。

自分と文化も感覚も異なる、理解を絶した「異邦人」に対し、己の「常識」や「正義」や「道徳」を持ち出してきても、ただ争いが起こるだけです。

そうした「異邦人」と共生する手段として、「食」という身体に根ざした欲求を持ってくるところが、この物語のリアリズムなのです。

 

そういう点を見逃して、「愛は偉大なり」的な読み込みをする大人に対する、ウンゲラーさんのとびっきりの「毒」が、最終ページに仕込まれています。

ゼラルダと人喰い鬼の間に生まれた子どもが、後ろ手に隠し持っているのは……。

 

推奨年齢:6歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆

グルメ絵本度:☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「ゼラルダと人喰い鬼

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■えほにずむでは、このブログで紹介した以外にも、たくさんのよい絵本を取り扱っております。ぜひ、HPも併せてご覧ください。

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