【絵本の紹介】「モチモチの木」【198冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

絵本紹介記事も、いよいよ200冊目が見えてきました。

ネタ切れを心配した時期もあったけど、取り上げたい絵本や作家さんはいくらでもいて、知れば知るほど奥の深い世界だと、今さらながら感じております。

 

さて、今回紹介するのは「モチモチの木」です。

作:斎藤隆介

絵:滝平二郎

出版社:岩崎書店

発行日:1971年11月20日

 

斎藤隆介さんと滝平二郎さんの名コンビが生み出した数ある作品の中でも、特に有名な絵本ですから、ほとんどの方がタイトルと表紙絵を見たことくらいはあるかと思います。

 

斎藤さんの作る、方言で語られる民話風物語は、土臭く重厚で、非常にわかりやすいまっすぐな主題に貫かれており、教科書でも取り上げられることが多く、戦後の児童文学に大きな影響を及ぼしました。

 

もちろん、私が子どもの頃にも、斎藤さんと滝平さんの作品を目にする機会はたくさんありました。

……ですが実を言うと、私がこの絵本をちゃんと読んだのは割と最近になってからなんです。

 

さらに言うと、他の斎藤・滝平両氏による作品のほとんども、子どもの頃は読んでなかったのです。

理由は、「なんか怖い」から。

あと、「暗くて悲しそう」。

 

これは滝平さんの切り絵の雰囲気によるものですが、東北の方言による文章にも、どこか重苦しさを感じて敬遠していたのかもしれません。

大人になってから読むと、子どもの頃想像していたのとは全然違って、どの作品も怖くないし、心を揺さぶられる感動があります。

この「モチモチの木」も、全体に黒っぽい基調のせいで悲しい印象を持ちやすいのですが、まったくのハッピーエンドです。

 

じさま」と二人で暮らす5歳の「豆太」は、大変な臆病者。

小屋の前に立っている大きな「モチモチの木」が恐ろしくて、夜中にひとりで便所にも行けません。

毎回、じさまを起こしてついて行ってもらいます。

そのモチモチの木に、「シモ月二十日のウシミツ」に灯がともるのだと、じさまが教えます。

それはたった一人の勇気ある子どもにしか見ることができないと言われているが、じさまも、死んだ豆太の父親も見たのだそうです。

とてもきれいだから起きてて見てみろ、と、じさまは豆太に言うのですが、豆太はおっかなくてとても無理だと諦めてしまいます。

 

その夜中、じさまは突然の腹痛に苦しみます。

驚いた豆太は、じさまを助けたい一心で、お医者を呼びに一人で駆け出します。

裸足で霜の道を走り、足からは血が滲み、寒くて怖くて、豆太は泣きながら、それでも走ります。

大好きなじさまが死んでしまうことのほうが恐ろしかったからです。

 

ふもとの医者のところへ着くと、医者は豆太をおぶって小屋へ向かいます。

小屋に帰り着いたとき、豆太はモチモチの木に灯がともっているのを見ます。

それは木の後ろに月と星が出て、そこに雪が降ることで醸し出される、美しく幻想的な光景でした。

 

次の朝、すっかり回復したじさまは、豆太に言います。

おまえは、山のかみさまの まつりを みたんだ

おまえは ひとりで よみちを いしゃさまよびに いけるほど ゆうきのある こどもだったんだからな

にんげん、やさしささえあれば、やらなきゃならねえことは、きっと やるもんだ

 

★      ★      ★

 

方言に加えて「セッチン」とか、「半ミチ」とか、「ねんねこバンテン」とか、今ではなじみの薄い単語も出てくるので、どうしても読みづらく感じるかもしれません。

 

しかし、昔話とか地方民話とかの力というものは、そうした語り口の中にこそ包含されているのです。

私の場合は怖がって避けてしまいましたが、つまりは無視できないほどに強力な印象を放つ本だったということです。

 

斎藤さんが作品に込めるメッセージは、こうした民話形式を取るからこそ(そして言うまでもなく、滝平さんの画力があるからこそ)、子どもの内面にまで到達する力を持つのです。

 

「勇気」や「優しさ」や「自己犠牲」といった道徳を理解することが重要なのではありません。

大切なのは、子どもの内面に、豊かなイメージの世界を育むことです。

子どもが「自分には心がある」ことを感じる経験です。

 

子どものための物語の良否は、様々な形式を取ったしても、結局は内面に働きかける力があるかどうかで決まるのです。

 

……というわけで、私も(やっと)この作品の素晴らしさに気づいたわけですが、我が家の息子に読んであげようとすると拒否されました。

他の斎藤&滝平さん作品も同様。

理由は「なんか怖い」。

やっぱり、そうか……。

 

推奨年齢:7歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆☆

「キモ助」って、今だと悪口みたい度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「モチモチの木

■これまでに紹介した絵本のまとめはこちら→「100冊分の絵本の紹介記事一覧

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【絵本の紹介】「くまとやまねこ」【195冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回紹介するのは「くまとやまねこ」です。

作:湯本香樹実

絵:酒井駒子

出版社:河出書房新社

発行日:2008年4月30日

 

ラジオドラマなどの脚本も手掛ける小説家・湯本さんと、大人女子から圧倒的支持を集める絵本作家・酒井さんのコラボによる、大人のための感動絵本。

もちろん子どもが読んでもいいのですが、これはやっぱり大人向けだと思います。

 

大好きだった親友の「ことり」を亡くしてしまった「くま」の、再生の物語。

出版は10年近く前ですが、震災などを経た今、改めて多くの人の心に響く名作ではないでしょうか。

 

酒井さんは作品を発表するごとに、画力はもちろん、絵本作りそのものの技量を飛躍的に増していると感じます。

この「くまとやまねこ」では、もはや凄味まで伝わってきます。

あえてグレーの紙にモノクロ画。

ざらざらとした質感に、昏さや憂いを帯びた人物(動物ですが)の表情。

 

確立された酒井さんの独自世界と、湯本さんの繊細な物語と静謐な文章が見事に融合しています。

 

なかよしのことり」が死んでしまい、涙に暮れるくま。

彼は森の木で作った小箱に花を敷き詰め、小鳥をそこに入れます。

もしもきのうの朝にもどれるなら、ぼくはなにもいらないよ

くまの悲嘆は深くなるばかりです。

 

そしてくまは、どこへ行くにも小鳥を入れた箱を持って行くようになります。

森の動物たちは、箱の中身を尋ねますが、くまが中身を見せると、困った顔をして黙ってしまいます。

それから決まって、

くまくん、ことりはもうかえってこないんだ。つらいだろうけど、わすれなくちゃ

と言うのでした。

 

誰にも分かち合えない悲しみにますますくまは塞ぎ込み、自らの心に鍵をかけるように、家に閉じこもります。

 

ある日、久しぶりに窓を開けると、外は快晴。

草のにおいを運ぶ風に誘われるように、くまは外に出て行きます。

空には白い雲が浮かび、川はきらきらと光っていました。

 

土手へやってくると、見慣れないやまねこが昼寝をしています。

傍らにはぼろぼろのリュックサックと、「おかしなかたちの箱」。

 

くまはその箱の中身が見たくなり、やまねこに声をかけます。

長い間誰とも喋っていなかったので、くまの声はかすれています。

 

やまねこは起き上がり、くまの持っている小箱の中身を見せてくれたら、自分も見せてあげると言います。

くまは迷いながらも、箱を開けて小鳥を見せます。

するとしばらくじっと小鳥を見つめていたやまねこは顔を上げて、

きみは このことりと、ほんとうになかがよかったんだね。ことりがしんで、ずいぶんさびしい思いをしてるんだろうね

と言い、くまを驚かせます。

 

やまねこの持っていた箱はバイオリンケースでした。

きみとことりのために、一曲えんそうさせてくれよ

音楽を聴きながら、くまは目を閉じ、小鳥との思い出を次々に思い出します。

小鳥のクチバシの感触、羽のにおい、そうしたものまでありありと蘇らせます。

 

くまはなにもかも、ぜんぶ思いだしました

 

くまは小鳥を日の当たる場所に場所に埋葬します。

それからやまねこは、くまを旅に誘い、古いタンバリンを差し出します。

この汚れたタンバリンは、かつてやまねこの友達が叩いていたものだったのだろうか……と、くまはやまねこに聞いてみたくなりますが、その代わりに、

ぼく、れんしゅうするよ。おどりながら、タンバリンをたたけるようになりたいな

と言います。

 

ふたりは「くまとやまねこ音楽団」として世界中を巡業し、どこへ行っても大人気となります。

 

★      ★      ★

 

愛するひとを永久に失った哀しみは、その相手が大切であればあるほど、深刻なものとなります。

あらゆる気力を根こそぎ奪ってしまうほどに。

 

小鳥の死骸を持ち歩くくまは明らかに病的で、哀しみから立ち直るどころか、さらにその哀しみに沈潜して行くかのようです。

ですから、周囲の動物たちの言葉はくまを心配してのものだし、まっとうな意見と言えるでしょう。

 

しかし、正論が人を生かす力になるとは限らないのです。

いや、この時のくまには、どんな言葉も、本も、音楽も、届かなかったでしょう。

深く傷ついた人が、単純な言葉や出会いによっては癒されないことを、作者は知っています。

 

そこには、「時間」という要素がどうしても必要なのです。

 

くまが涙に暮れる長い時間を、きちんと描いているところが、この物語の丁寧なところです。

その時間があって初めて、くまの心を再生へと向かわせるもの―――美しい自然、そして音楽が響くのです。

 

くまは小鳥との日々を余すことなく思い出します。

そこで少しずつモノクロの絵に赤い色が灯り出します。

そして「なにもかも、ぜんぶ」思い出した時、初めてくまは小鳥の死を受け入れることができるのです。

このシーンにおける余白も実に効果的で、酒井さんの表現力に心を揺さぶられます。

 

悲しみの渦中にいる人に対し、気休めの言葉をかけず、適切な距離を保ちながら、見放さずにじっと立ち直るのを待つこと。

それができるのは強くて優しい人です。

 

森の動物たちは優しくはあっても、強くはなかったのです。

やまねこがくまの悲しみに寄り添えたのは、彼がおそらく過去に同じような悲しみを経験したからであり、そしてくまもやまねこの気持ちを知るがゆえに、あえて過去のことを聞こうとはしないのです。

 

悲しみを知ることで、人は強く、優しくなれるということを感じさせてくれる美しい絵本です。

 

推奨年齢:小学校高学年〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆☆

泣かずに読み聞かせる難易度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「くまとやまねこ

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【絵本の紹介】「わすれられないおくりもの」【192冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

命、愛、死……秋になると自然とそんなテーマの絵本を選びたくなります。

今回紹介するのは「わすれられないおくりもの」です。

作・絵:スーザン・バーレイ

訳:小川仁央

出版社:評論社

発行日:1986年10月10日

 

私は幼い頃、死ぬことが恐ろしくて気が狂いそうな時期がありました。

死んだらどうなるのか

どんな大人に尋ねても、納得のいく答えは返ってきませんでした。

 

「死」をテーマにした絵本はたくさんありますが、この「わすれられないおくりもの」では、「死にゆくもの」の在り方と、「残されたもの」がその悲しみをどう乗り越えていくのかという二つの側面から「死」について物語っています。

 

物知りで親切で、誰からも慕われているアナグマ。

しかし彼も年を取り、死期が近いことを自覚していました。

 

アナグマは死ぬことを恐れてはいませんでしたが、残していく友だちのことを気にかけていました。

でも、その時はやってきます。

 

アナグマは夢の中で、長いトンネルを走っていました。

不自由だった体は軽くなり、自由になったと感じられます。

 

翌朝、集まってきた友だちは、アナグマが亡くなったことを知ります。

アナグマは彼らに向けた手紙を残していました。

長いトンネルの むこうに行くよ さようなら

みんなはやりきれない悲しみに沈みます。

中でもモグラの悲哀は深いものでした。

 

悲しみのうちに冬が来て、やがて春が来ると、仲間たちは互いにアナグマの思い出を語り合うようになります。

ハサミの使い方を教えてもらったこと。

スケートを教えてもらったこと。

ネクタイの結び方を教えてもらったこと。

パンの焼き方を教えてもらったこと。

 

誰の心にも、アナグマの知恵や優しさが、思い出として残っていました。

それはみんなの心を温かくし、悲しみを溶かしてくれました。

 

モグラは丘の上で、アナグマの残してくれたおくりものに対して、お礼を言うのでした。

 

★      ★      ★

 

死んだらどうなるのか

成長の過程で必ず子どもが発するこの問いに答えることは困難です。

 

しかし、質問の裏にある「望まれている答え」というものは実は誰しも同じではないかと思います。

それは即ち、「魂は不滅である」という回答です。

 

それさえ確信できれば、死はそう怖いものではなくなります。

ですが、ただ単に言葉で「魂は不滅である」と言われても、それを信じるのは難しいことです。

 

一度も死んだことのない人間が、どうして『死んでも魂は残る』などと知っているのか

子どもは論理的ですから、必ずこう考えます。

そして、求めるものは結局言葉では得られないことを知ります。

 

かつては「霊」や「魂」について、わりと素朴に信じられた時代があったのでしょう。

科学の発達とともに、そういう超感覚的な存在はリアルさを失ってしまいました。

時代が唯物的になったことを嘆く声もありますが、これは進化の結果ですから、否定すべきことではないと思います。

 

科学と思考が進化・発展した時代で、それでもなお、「魂の不滅性」をどう信じ、どう納得するのか。

単純な神仏論にすがらず、論理的思考を放棄せずに、「魂」について考え抜くこと。

それが現代に生きる人間の課題ではないでしょうか。

 

そのためには、一方に豊かな人生経験と、そしてもう一方に豊かな物語体験が必要です。

これらが両輪としてしっかり噛み合うことで、目には見えないものに対する認識が深まり、生きる上での軸となります。

 

おそらく、この「わすれられないおくりもの」のような物語は、子どもにとっては「悲しい話」であり、あまり好まれないと思います。

でも、物語は子どもの心に何かを残します。

そして成長のどこかで、ふと、「もう一度あの話が読みたい」と思う時が来ます。

読み返した時、以前とは違う何かが、心に根付きます。

その繰り返しによって、情緒は深みを増していくのです。

 

推奨年齢:6歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆

アナグマの博識度:☆☆☆☆

 

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【絵本の紹介】「100万回生きたねこ」【187冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回は「愛と死」という普遍的なテーマを描いた大ロングセラー「100万回生きたねこ」を紹介します。

作・絵:佐野洋子

出版社:講談社

発行日:1977年10月20日

 

紹介など不要かもしれないくらい有名な絵本です。

 

100万年も しなない ねこが いました

100万回も しんで、100万回も 生きたのです

 

という、印象的なフレーズで始まる物語。

何度でも転生するという形での「永遠の命」を持つねこが主人公。

 

単純計算すると、「100万年」の間に「100万回」も死ぬのだから、ほとんど生後一年以内には死んでることになります。

恐ろしい無限ループ的な死。

もはや強力な呪いをかけられているとしか思えません。

100万人の ひとが」そのねこを可愛がりますが、ねこは必ず飼い主より先に死にます。

老衰で死んだ描写はおばあさんに飼われていた時のみで、基本的には事故死です。

それも、かなり壮絶な。

 

こんな恐ろしい呪いがあるだろうかと戦慄しますが、意外にもねこは「しぬのなんか へいき」なのです。

飼い主たちは一人残らずねこの死を悲しみ、泣きますが、ねこのほうでは飼い主に対する愛着はなく、泣いたこともありませんでした。

 

ある時、ねこは初めて野良猫として転生します。

ねこは誰のものでもない自分が大好きでした。

 

このねこはモテまくりで、ほっといてもめすねこがどんどん寄ってきます。

しかし、誰よりも自分が好きなねこは、誰のことも愛しません。

しかし、そんな中に「たった 1ぴき、ねこに 見むきも しない、白い うつくしい ねこが いました」。

ねこはこの白ねこが気にかかり、「100万回も しんだ」ことを自慢しますが、白ねこはつれない態度。

 

むきになるねこでしたが、やがて自分の中の気持ちに気づき、「そばに いても いいかい」とプロポーズします。

 

やがて二匹の間にはたくさんの子ねこが産まれます。

ねこは、白いねこと子どもたちを、自分よりも大切に感じます。

時は流れ、白いねこは静かに息を引き取ります。

 

初めて経験する喪失。

ねこは動かない妻を抱き、「100万回も」泣きます。

 

そして、そのまま妻の隣で、後を追うようにこの世を去ります。

ねこは もう、けっして 生きかえりませんでした

 

呪いは解けたのです。

 

★      ★      ★

 

たくさんの人たちを感動させた、深い味わいのある絵本です。

「100万回」転生し、そのたびに誰かの飼い猫になるというのは無理があることは佐野さんも承知の上で、「ひゃくまんかい」という言葉の響きを優先させたのでしょう。

あるいは、古典名作「100まんびきのねこ」を意識してのことかもしれません。

 

さて、この作品に関しては色んな人が色んな解釈をしています。

ここでどんな感想を述べたところで今さらかもしれませんが、少しばかり私個人の考察を。

 

どうしてねこは100万年もの間、誰も愛さなかったのでしょう。

ねこの飼い主たちは、あんなにねこを可愛がっていたのに。

 

単に「押されると引きたくなるけど、引かれると押したくなる」性質だから、というだけではない気がします。

考えてみれば、ねこは野良猫として生まれ変わるまで、自分のことすら好きではなかったとも読めます。

 

「自分の生が、自分自身のものである」ことを実感しない間は、自分への愛も生まれない。

ということかもしれません。

 

ねこを可愛がっていた人間たち。

彼らがねこに向けていたものは、本当の愛でしょうか。

自分の心の欠落を埋める存在として、コントロール可能なペットとして、あるいは単純な所有欲の変形としての「愛」だったのかもしれません。

 

本当に誰かを愛するのなら、その相手が自分の生を主体的に生きていけることを願うはずです。

ペットを飼うことと子どもを育てることは全く違うことなのです。

 

ペットを飼ったことのない私が言っても、説得力ないかもしれませんが。

 

推奨年齢:6歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆

死亡シーンの多さ度:☆☆☆☆☆

 

■今回紹介した絵本の購入はこちらからどうぞ→「100万回生きたねこ

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【絵本の紹介】「おじいちゃん」【184冊目】

 

こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。

 

今回は、ジョン・バーニンガムさんの「おじいちゃん」を紹介します。

作・絵:ジョン・バーニンガム

訳:谷川俊太郎

出版社:ほるぷ出版

発行日:1985年8月15日

 

絵本の構造としては少々変わっていて、ページごとのつながりはありません。

おじいちゃんと孫娘の断片的な会話文のみで構成されています。

 

いわば、二人の日々の回想録的絵本になっているのですが、ゆえに、読者はこれらが「終わってしまったこと」だと感じ、ラストに向かうにつれ、切なさを募らせずにはいられません。

老いること、生きること。

それらを考えさせる作品でもありますが、バーニンガムさん一流の淡々とした、それでいて限りなく優しい目線によって、そこに押しつけがましさは一切ありません。

 

おじいちゃんと孫娘の会話は時に嚙み合っていませんが、それが逆に微笑ましい。

二人で遊んだ浜辺、雨の日、雪の日。

おじいちゃんの昔話、孫娘の子どもらしい質問。

時にはケンカも。

 

時系列は不明ですが、孫娘は少しずつ大きくなっているように感じます。

それは、おじいちゃんが少しずつ人生の終わりに向かっていることでもあります。

 

おじいちゃんは きょうはそとであそべない

 

それでも、孫娘は肘掛け椅子のおじいちゃんに抱かれて、明日の話をします。

けれど、次のページにはおじいちゃんはおらず、空っぽになった肘掛け椅子を見つめる孫娘の姿が描かれます。

このシーンは涙無くしては読めませんが、さらに感動的なのは次の最終ページ。

夕暮れの坂道を、孫娘がベビーカーを押して駆け上がっていくカット。

 

弟、もしくは妹が産まれたのです。

 

おじいちゃんがこの世界から消えたのは、次の生命に「場所を譲る」ためなのだという、非常に象徴的で清々しいラストシーンです。

 

★      ★      ★

 

この絵本のテキストのほとんどは、バーニンガムさん自身の娘と、彼女の祖父が実際に交わした言葉から拝借したそうです。

「おじいちゃん」(原題・「Granpa」)はアニメ映画にもなったそうですが、バーニンガムさんは、おじいちゃん役の俳優の声を絶賛しております。

曰く、「引退して、静かな港町でタバコ屋をやってるって感じ」の声だそうです。

 

幼い子どもに「死」の概念を説明することは難しく(というか、不可能かもしれません)、この絵本を読み聞かせた時に必ずと言っていいほど出るであろう質問は、「おじいちゃんはどこ行ったの?」です。

 

しかし、それに対する単一の答えは用意されていません。

そして、どんな答えも、子どもを本当に満足させることはできないかもしれません。

それは、彼らがこれからの長い人生の中で、自分たち自身で感じるしかないことだからです。

 

そう言う我々大人も、「生と死」について、明確な答えを持ち合わせているわけではありません。

誰も死んだことはないからです。

おそらくそれは、言葉や論理によってではなく、まさにこの絵本のように、豊かなイメージによって捉えるべきものなのでしょう。

推奨年齢:5歳〜

読み聞かせ難易度:☆☆☆☆☆

ラストの静けさと美しさ度:☆☆☆☆☆

 

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