2019.11.12 Tuesday
【絵本の紹介】「かわ」【346冊目】
こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。
日本の「絵巻物」は、現代の絵本の原型であるとも言われています。
横長の紙をくるくると広げていくとどこまでも展開されていく絵巻物は、今見ても楽しいものです。
福音館書店の「こどものとも」をきっかけとして多くの横長絵本が世に出ましたが、あれも絵巻物のスタイルが元になっているようです。
今回はそんな「横に絵を見て行く」楽しみが顕著な科学絵本「かわ」を紹介します。
作・絵:加古里子
出版社:福音館書店
発行日:1966年9月1日
「だるまちゃん」「からすのパンやさん」といったシリーズが人気の加古さんですが、一方で非常に多くの科学絵本を手掛けられたことでも知られています。
加古さんが絵本の道に入られたのは「こどものとも」編集長の松居直さんの薦めによります。
松居さんは当時ダム建設をテーマにした絵本を、人間的な共感をもって描ける作家を探していました。
化学会社で勤務し、工学に造詣の深い加古さんは、学生時代にはセツルメントの子ども会で自作の紙芝居などを上演していた経験もあり、まさにこの仕事に適任であると思われたのです。
そして加古さんは会社勤めも続けながら「だむのおじさんたち」で絵本作家デビュー。
その後も二足の草鞋を履きながら次々と絵本を発表していきます。
加古さんの科学絵本は単に知識を並べただけの冷たい本ではありません。
全ての作品には「人間」が柱として据えられ、血の通った興味と理解を得ることができます。
そして幼い読者の主体的な学びを起動させるために様々な工夫を凝らしています。
そのために最も基本的で重要なのが「読む楽しみ」がそこにあることです。
この「かわ」はまさにそんな絵本で、表紙絵の大きな町の地図に記された地図記号を、裏表紙の表で確認することができます。
さらに読み進めていくとわかるのですが、絵本に描かれている町の図とこの地図は合致しているので、何度も何度も内容と表紙・裏表紙を見比べて楽しめるようになってるんですね。
スタートは高い山。
降り積もった雪が溶け、雨が降って、水が流れ出します。
その水の流れは川となり、自然の中で曲がりくねりながらふもとに降りて行きます。
人々は川の近くに集まり、生活し、仕事をします。
水を使った発電、農業、浄水場。
要所要所に登場する人々も生き生きと描かれ、そこには確かに温もりや息づかいを感じることができます。
やがて川は大きな都会に流れ出します。
川幅は広くなり、船の姿が見えます。
最終的には一面の水平線が広がります。
川のゴールは海なのです。
しかし、その海の先にも果てしない世界は広がっています。
そのことを予感させ、読者の想像力を刺激し、物語は幕を閉じます。
★ ★ ★
私の息子も長い絵巻物を描いてやるととても喜びます。
私自身も子どもの頃、何かでもらった人間の体の中を旅する(口から入って消化器官を通って肛門から出る)絵巻を今でも覚えています。
「かわ」では自然豊かな山奥の描写から始まり、都市の港までの水の旅が描かれているわけですが、クライマックス付近では多くの工場から流れ出る汚水やごみや煙などで川が汚れて行く様子も見られます。
しかし加古さんはそれが「悪い」という描き方はしません。
ただ事実だけを描き、それをどう感じるかは読者ひとりひとりの感性に委ねます。
これは他のすべての加古さん作品にもあてはまるスタンスです。
それほどまでに読者である子どもたちの「主体性」「精神の自由」を尊重するのは、加古さん自身の戦争体験が影響していると思われます。
子どもの「精神的自由」は、戦時下においては最も邪魔なものです。
学校では自分でものを考えない人間、奴隷的精神の人間を「教育」します。
一度は時代に乗せられて軍人を志向した加古さんは、戦争が終わってから手のひらを返した大人たちに深く失望し、自身を恥じたと言います。
だからこそ、加古さんは子どもに何らかの思想を植え付ける行為、善悪を決めつける行為を自粛するのでしょう。
そして加古さんの絵本を読む子どもたちは、そうしたことを理解はできずともちゃんと感じ取っています。
子どもたちが加古さん絵本を支持し続けるのには、そういう隠れた理由も存在していると思います。
子どもは本能的に「自分の人生をコントロールしようとする大人たち」から逃げ出すからです。
推奨年齢:4歳〜
読み聞かせ難易度:☆☆☆
表紙と内容行ったり来たり度:☆☆☆☆☆
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