2016.10.31 Monday
絵本の紹介「てぶくろ」
こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。
少し朝晩が冷え込む季節になってきましたね。
寒い日の夜などに街を歩いていると、手袋の落とし物を目にすることがあります。
なぜか、必ず片方だけです。
両方落ちているのは見たことがありません。
どうやら、そうした現象は、時代や国が違っても、変わらないようです。
今回紹介するのはウクライナの民話絵本「てぶくろ」です。
エウゲーニー・ミハイロヴィチ・ラチョフさんの作品で、翻訳は「おおきなかぶ」の内田莉莎子さんです。
鉛色の空と、白い雪。
北国の厳しい寒さが伝わってくる挿絵です。
和洋問わず、昔話には「おじいさん」が必ずと言っていいほど登場しますが、このお話に出てくる「おじいさん」は、少々特殊な扱いを受けています。
というのも、文章には登場するのですが、絵には描かれないのですね(子犬も)。
これは前回紹介した「三びきのこぶた」で、おかあさんぶたが描かれなかったこととは意味合いが違います。
それは後で触れます。
物語は、おじいさんが森の中を歩いていて、「てぶくろを かたほう」落としてしまうところから始まります。
そこへねずみが潜り込み、「ここで くらすことに するわ」と決めます。
木の枝で土台を組み、梯子をかけたりして、ちゃんと家として機能しているようです。
そこへかえるがはねてきて、
「だれ、てぶくろに すんでいるのは?」
「くいしんぼねずみ。あなたは?」
「ぴょんぴょんがえるよ。わたしも いれて」
「どうぞ」
というやり取りを経て、てぶくろに同居します。
以後、次々にいろんな動物たちが同じ問答を繰り返しては、てぶくろに入居してきます。
文では説明されませんが、ページが進むごとに、てぶくろが段々改装されて、立派な家になっていきます。
それにしたって、キツネやら狼やら猪までがてぶくろに入るというのは子ども心にも「ありえない」と思うところです。
しかし、明らかに入れないはずなのに、なぜか絵を見るとちゃんと収まっているのです。
しかし、よく見るとてぶくろの縫い目は裂け始めています。
さらにそこへ熊が「わしも いれてくれ」とやってきます。
「おおきなかぶ」での繰り返しは大団円へと向かいますが、この絵本の繰り返しは、より危うい方へ、バランスの崩壊を予感させながら進行します。
いったいてぶくろはどうなってしまうのか。
動物たちは喧嘩にならないのか。
そんな期待と不安が最高潮に高まったところで最後のページをめくると、このお話は実に唐突に終わりを告げます。
おじいさんがてぶくろが片方ないことに気づき、戻ってきます。
子犬が先に駆けていき、てぶくろを見つけて吠えたてると、動物たちはあわてて逃げていきます。
そこへおじいさんがやってきて、てぶくろを拾います。
この部分を説明する絵は一切なく、冒頭のてぶくろのカットがほぼそのまま、小さく描かれているだけです。
てぶくろに付けられた窓も煙突も梯子も、すべてなくなっています。
おじいさんはてぶくろに起こった異変も、動物たちも、何も見てはいません。
つまり、この絵本における「おじいさん」は(別に物凄い巨人というわけではなく)、現実世界の象徴なのです。
だから、セリフもなく、絵にも描かれないのです。
私たちは目に見える現実世界に生きているつもりでいますが、実際には見えない部分の方が遥かに多く、その部分はいわば想像で補っているに過ぎません。
落とした片方の手袋は、そんな見えない、知りえない世界の象徴と言えるでしょう。
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