こんにちは、絵本専門店・えほにずむの店主です。
今回は久しぶりに名作「ピーターラビットの絵本」より、私も息子もお気に入りの一冊を紹介しましょう。
「パイがふたつあったおはなし」です。
作・絵:ビアトリクス・ポター
訳:石井桃子
出版社:福音館書店
発行日:1988年6月25日
昨年、ピーターラビット展へ行き、そのレビューや第一作「ピーターラビットのおはなし」についての記事を書きました。
作者のポターさんの生涯などについても詳しく触れておりますので、ぜひそちらも併せてお読みください。
このシリーズの魅力について語り出すと、いつまでたっても絵本紹介に辿り着けないので。
≫「ピーターラビット展」に行ってきました。
≫絵本の紹介「ピーターラビットのおはなし」
この「パイがふたつあったおはなし」は、息子にとって(そして私自身にとっても)初めて触れたポターさんの世界です。
「ピーターラビットの絵本」は、作者の生まれ育ったイギリスの田園風景を舞台に、そこで生活する様々な動物を描いた作品です。
作品ごとに主人公は変わりますが、ピーターやこねこのトムのように複数の作品に登場するキャラクターも大勢います。
この絵本では「ダッチェス」という黒い犬と、「リビー」という猫を中心に物語が展開されますが、リビーは「ひげのサムエルのおはなし」にも登場した、こねこのトムのおばさんにあたるキャラクターです。
シリーズを読み進む上で、こういう人物相関図が出来上がってくるところも、ピーターラビットの絵本の楽しみのひとつでしょう。
さて、「パイがふたつあったおはなし」は、64pもあり、小さい子に読み聞かせるにはなかなか長い物語です(だから、初めて読んだ時に息子が最後まで聞いたことに驚きました)。
それに、難しいんですね。
文章自体は易しいんですが、「含み」がたくさんある。
ダッチェスとリビーの、表面上は上品で丁寧な会話の裏を、自分の想像力で補わなければ、このお話は読めません。
自分で本が読めるようになった子どもでも、古典的な児童書を手に取ったことがなければ、ちょっと読解に苦しむかもしれません。
しかしそれだけに、大人が読んでも面白い物語です。
ユーモアと、そしてちょっとした皮肉とからかいが込められた、よく出来た落語のようなお話です。
それでは内容を読んでいきましょうか。
ダッチェス(♀)のもとに、リビー(♀)からお茶会の招待状が届くところからお話が始まります。
「とてもおいしいものを ごちそうします」と書かれたその手紙に、ダッチェスは「よろこんで、4じ15ふんに おうかがいいたします」と返事をしたためます。
けれど、ダッチェスは内心、リビーが用意しているのが「ねずみのパイ」ではないかと気が気ではありません。
実はダッチェスも、リビーを招くつもりで、「小牛とハムのパイ」を用意していたのです。
「ねずみのパイなんて、とても とても たべられない! でもたべなくちゃ! およばれなんだもの」
「ああ、あたしのパイが たべたい! ねずみのパイなんかじゃなくて!」
ダッチェスは葛藤を繰り返した末に、ある計略を思いつきます。
それは、リビーが出かけている隙を狙って、自分のパイをリビーのオーブンに入れてきてしまうという大胆なもの。
リビーが自分ではそのパイを食べないつもりらしいこと、パイ皿もダッチェスのとおそろいであること、リビーがマフィンを買いに出かけるであろうことなどを、手紙から読み取っての策です。
一方、リビーはねずみのパイをオーブンに入れます。
そのオーブンは二段式になっており、パイを入れた下の段は、開けるのに力がいるのです。
そうして部屋をきれいにしてから、リビーは自分が食べるマフィンを買いに出かけます。
途中、ダッチェスとすれ違いますが、会釈だけで会話はしません(話はこれからお茶を飲みながらするからです)。
さあ、ダッチェスはリビーの姿が見えなくなるや、一目散にリビーの家に駆けて行き、侵入し、オーブンの上の段に持参してきたパイを入れます。
しかし、ダッチェスはオーブンに下の段があることに気が付かず、リビーのパイを見つけることができません。
そうしてるうちにリビーが帰ってきて、ダッチェスはねずみのパイを始末できないまま、退散します。
リビーは家の様子が変だと思いつつも、ダッチェスのパイには気が付きません。
ダッチェスは改めてリビーの家を訪問します。
そこでダッチェスは、リビーがオーブンからパイを出す瞬間を見逃してしまいます。
さあ、ダッチェスは自分のパイだと思い込んでねずみのパイを食べ始めます。
とても上品に会話を交わす二人ですが、二人とも食欲は旺盛。
特にダッチェスはあっという間にパイを平らげてしまいます。
しかし、ダッチェスは妙なことに気が付きます。
自分が入れておいたはずの焼き型(パイが型崩れしないように入れておく金属)が出てこないんですね。
リビーの方は「焼き型なんか パイにいれては ありませんよ」と言います。
リビーの親類のおばさんは、クリスマスのプディングに入れる「幸運の指ぬき」を呑み込んで死んだので、自分はパイやプディングに金気のものは入れないのだ、と主張(また出ました、ピーターラビットシリーズにおける事故死ネタ)。
これを聞くとダッチェスは自分が誤って焼き型を呑んでしまったのだと思い込み、唸り出します。
リビーの方では焼き型なんか最初から入ってない、と言い、ダッチェスは何しろ自分のパイだと信じてるわけですから、確かに焼き型が入っていたのだ、と言い、不毛なやり取りが繰り広げられます。
気分が悪くなってしまったダッチェスに、リビーは医者を呼びに行きます。
一人残されたダッチェスは、オーブンの音で、焼き上がった自分のパイに気づきます。
真相を理解したダッチェスは、「こんなこと とても きまりわるくて、リビーには はなせない」と思い、自分のパイは裏庭に出しておいて、後で持って帰ることにします。
やがてリビーが「カササギ先生」を連れて帰ってきます。
この先生が実にぶっ飛んだキャラクターでして、喋ることは何故か「ばきゃたれ」とか「うすのろ」とか、悪い言葉ばっかり。
(表向きは)上品なリビーとダッチェスと、誠に対照的です。
ダッチェスはもう具合が良くなったから、と逃げるようにリビーの家を後にし、それから例のパイを回収しに裏庭へ回ります。
ところが、パイはカササギ先生が食べてしまった後でした。
ダッチェスは自分のしたことが恥ずかしくなり、うちへ駆けて帰るのでした。
★ ★ ★
このシリーズの魅力は「現実とファンタジーの究極の結合」にあると以前の記事に書きましたが、ここでもダッチェスたちは動物としての特性は保ったまま、実に人間臭く描かれています。
この物語の核は登場人物たちの「本音と建て前」です。
ダッチェス、リビー、タビタはそれぞれ表面上は仲良く、上品に振る舞っていますが、所々で本音を覗かせます。
これはお高く止まった上流階級の婦人たちの社交生活を皮肉っている点で、鳥獣戯画のような可笑しみを生んでいますが、ポターさんの筆には辛辣さはほとんど感じられません。
むしろ、登場人物に対するあたたかみすら感じられるのですね。
考えてみれば、リビーたちのような「本音と建て前」は、社会で生きて行く上で、誰しもが使い分けているところかもしれません。
その人間理解とリアリティゆえに、この話は「難しい」わけです。
はっきりとした悪人が出てきたり、わかりやすい教訓が示されるわけではないからです。
そしてやっぱり、絵の美しいこと。
花でいっぱいのダッチェスの家は素敵だし、リビーはおしゃれだし。
タビタさんは割と登場回数の多いキャラですが、彼女の子どもたち(トム、モペット、ミトン)は、今回は絵のみの登場となります。
トムたちの出てくるお話も大変面白いので、いつかまた取り上げたいと思っております。
推奨年齢:6歳〜
読み聞かせ難易度:☆☆☆☆☆
カササギ先生には診てもらいたくない度:☆☆☆☆☆
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